Short Story3

□家出未遂な少女と店主
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(+α)




何時ものように店前の掃除をしていた昼下がり。その時間帯は客足も少ない為、昼休みの休憩も兼ねている。

なのでその時間の掃除は大抵私が無言で地面を掃き、ジン太くんは箒で遊びながら(というかほぼ遊び)やるというのはいつものことなのだが───





「ぃよォしチャンスは今だ!必殺ジン太ホームラン!!!」

「…ジン太くん、そろそろちゃんと掃除しないとテッサイさんに怒られちゃうよ…」

「フンッいーんだよ!テッサイが怖くて野球が出来るかッ」

「…ジン太くん…ご飯抜きになっちゃうよ」




ジン太くんにいじめられるのはいつものことなのに。




「うるせーぞ雨!!俺より弱いクセに指図すんじゃ……ねェ!」



ブンッ。

箒が宙を斬る音がその場に響く。
空振りしたように見える「バット」
果たして見えないボールに当てることが出来たのだろうか。




(───うん。知ってるよ、)




売り言葉に買い言葉。
長い付き合いだ。この少年がこういう性格なのは知っている。もしかしたら本気で言った訳じゃないかもしれないということも。

悪態をつくのはいつものこと。




(あんまりキスケさんの役に立ててないことも、)




そう、いつものことなのだ。
悪態をつかれることも、いじめられるのも。



(いつものこと、なのに)





「……オイ、雨…?」



黙っているのを不思議に思ったのか、目の前の少年は少女の顔を覗き込んで───


ひどく驚いたように、瞳を見開いた。




ぼんやりと目の前の景色が歪んでいるからなのか、ひどく変な顔に見えるよ。

だけどそのジン太くんの表情から、私は泣いているのだということに気付いた。



(そっか。目の前が歪んだのは、虚の霊圧のせいとかじゃないんだ)



慌てて駆け寄って来るジン太くんを避けて、私は弾かれるように店から飛び出した。




「      !」




(後ろにかかった声にも気付かずに、)




宛てもなく走りながら私は今更ながらに自覚する。嗚呼、私はショックだったのだと。悲しくて、辛くて。ザラザラした気持ちが胸の中に渦巻いた。



それに呼応するように、瞳からは涙がとめどなく溢れて。喉からは情けなく声にもならない弱い音が出た。



鼻の奥がツンとした。
ひゅっ、と喉が鳴る。
息苦しい。
胸が痛い。




(私は役たたずなのかな、)
(キスケさんを護りたかったのに)
(役に立ちたかったのに、)




とにかく今は誰も居ない場所に行きたくて。行くあてもないのに、ひたすら足を動かし続けた。




* * * * *




夕方。
黒髪の少女は公園の芝生に居た。

目は腫れてしまったものの、今は大分落ち着いて冷静に考えることが出来るようになっていた。



「…どうしよう、お店飛び出して来ちゃった…」



自分は掃除を頼まれていた状態で店から飛び出したのだ。改めて冷静に考えると、それはどんでもなく無責任なことで、普段の自分からは考えられないことだった。




(どうしよう、怒られちゃうかもしれない)



体育座りで目線は下。
頭の中はどんどん暗く重い思考に支配されていく。



…否。怒られる、だけじゃ済まないかもしれない。
もしかしたらもう、本当に私は───




拒絶されてしまうのが怖くて。
沈んでいく陽を見つめながらも、身動きが出来ずに。

またじんわりと視界がぼやけて来た時だった。




「───キスケさん…」

「ハーイ、此処に居ますよん」

「!」



語尾に音符が付きそうなぐらいにご機嫌でテンションの高い声が隣から響いた。


びっくりして勢い良く声のしたほうを見ると、困ったようにへらりとした笑みを浮かべた。



「心配しましたよー。ジン太から急に飛び出したって聞いて…」

「…探してくれたんですか…?」

「アハハ、あったり前でしょー。そこまで冷たい男に見えるんスかねェ?」



そんなことある訳がない。
それを直ぐに伝えたくてふるふると頭を左右に振ると、キスケさんはまたへらへらと笑った。




「ん。…じゃあ帰りましょっか!」



頭を数回撫でた後に手を差し伸べてくれる。決して私を責めたりはしないんだ。


…また、涙が零れた。



「…ごめんなさい…」

「……雨?」



再び俯いた私に、驚いた顔をした。そしてその後ゆっくりと隣に腰を降ろして、頭を撫でてくれた。



「どうしてそんなことを?雨が謝る必要なんかないでしょ。ジン太も悪かったんだから」

「でも、でも私…」

「でも…?」



優しい声が頭上より響く。
温かくて、でも申し訳なくて。
嗚咽が喉から漏れた。




「そ、掃除を頼まれてたのに飛び出しちゃったし、弱くて、キスケさんの役に立てないままだし…っ、」




泣きじゃくる小さな少女の言葉に、浦原商店店主は目をぱちくりさせてポカンと口を開けた。





(嗚呼、そうか)




小さな女の子を見て思う。
この子はまだこんなに小さいのに、自分の役に立ちたいと必死で。


このままじゃ捨てられるんじゃないか、なんて恐怖と戦いながら。


捨てられたくない、と。
不安で心をいっぱいにして。






「ハァ…馬鹿だなァ、」

「!」




健気さに胸の奥がギュッとなって。
震えるその小さな身体を優しく抱き締めた。




「そんなこと、考えなくったって良いんスよ」




縋るような眼で自分を見上げる少女を、安心させるように柔らかく微笑んで。




「其処に居てくれるだけで、充分救われてる」



雨だけじゃない。
テッサイさんも、ジン太も。
アタシの大事な家族ッスから。




「アタシは雨のことを、絶対捨てたりなんかしませんよ」




キスケさんの顔は夕焼け色に染まって、いつもより更に優しく見えて。

また涙が零れてキスケさんが驚いてわたわたしていたけれど、この涙は違う意味の涙。



それに気付いたキスケさんは一息ついて綻ぶ。涙をその大きな手で拭って頭を撫でてから、もう一度手を差し伸べてくる。




「さっ、もうすぐ夕御飯が出来るころだ…帰りましょっか」

「…はい、」




おずおずと手を取る。
なんだかこそばゆかったけれど、そんなことよりも胸の中に広がる幸福感のほうが勝っていたから、


(気にしないことにする)




後ろに出来た2つの影は幸せそうに寄り添いながら、帰路へと着いた二人を追い掛けて行った。





(これからも仲良く、)




その影が4つに増えるのは、もうちょっと後の話。






Fin

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浦原さん+雨の話。
ちなみにこの後ジン太くんは素直じゃないながらも(テッサイさんに急かされつつ)謝って二人は無事仲直りしたようです(^^*)

浦原さんの雨に対する言葉遣いが難しかった……(爆)








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