Short Story3

□無い物ねだりをしませんか
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「例えばの話です」


ある日目が覚めたなら、千年伯爵もアクマも居なくて。今まで感じた悲しいことも辛いことも苦しいことも全部、全部が夢だったなら?



「素敵だね」



私と兄さんはずっと一緒。
二人の家に帰って、兄さんは裁縫をして。私は夕御飯を作るの。暖かい部屋で楽しい会話をしながら美味しい料理をお腹いっぱい食べて、瞼が重くなったらそのままベッドにダイブ。毛布に包まりながらお休みなさいの挨拶を。


(ああ、明日はどんな素敵な1日になるんだろう)
(そうだ、明日は仕事が終わったら久しぶりに街に買い物に出掛けようか)
(ふふ、賛成)
(多少のおねだりなら聞いてあげるよ)
(ええ、考えておくわ。思いっきり兄さんを困らせちゃうようなおねだり!)
(こらこら、)


日常の、何でもない会話をね、たくさんするの。それで二人でほほ笑みあって、それからね、



「……リナリー」



……それから、


「…リナリー」


……、


「…ごめん」



(まるで夢物語みたいね)
(兄さんが信じる未来)
(私達兄妹が、夢に見る程望むハッピーエンド)





兄さんの手は優しく、まるで壊れ物を扱うかのようにそっと私の頭を滑った。その顔を見ればいつもやや弱々しい笑顔。本当は泣きたいのは自分の筈なのに、兄さんはいつもそうだ。

とても温かな手のひらが私の頭を撫でるから、溢れる涙を止めることが出来なかった。

……泣きたいのは、兄さんの筈なのに。



(ねえ、兄さん)




希望を、捨てないでと言いたかった。

それは決して"無駄"なんかじゃないと、言いたかった。



今この辛い状況の中、理想を持つことはかえって苦しくなるのだということを知っている兄。『現実』を知り、見つめ。時には受けとめ冷徹な判断を下すことが必要とされる立場に居る兄に。


それでも。
"この戦いが終わったのなら?"と問い掛ける。

例えそれが遠い遠い未来なのだとしても、屈して欲しくなくて。



(諦めないで、)





無い物ねだりをしませんか




(配布元:貴方の唇に届かない)

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