Short story2

□幸福の詩
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"ゆりかごのうたを"


"カナリアがうたうよ"






穏やかで、優しく。どこか懐かしい唄。それは堪えず頭上から響いて、甘く甘く心を溶かしていく。





「ねーんねこ ねーんねこ ねーんねこよー」







頭をゆっくりと滑る手。あまりにも幸せで幸せで、口元を緩めてしまった。





「十四郎さん?」


「…悪い」


「もう、」





思わず口元を緩めた事で寝たフリがバレてしまったよう。愛しい愛しい妻は少し頬を膨らませたものの、直ぐに柔らかい笑みを浮かべた。



良かった。そんなには拗ねていなかったみたいだ。





「寝たフリしてたんですか」


「起きたんだ」


「ふふ、」




本当はその優しい歌声で起きたのに寝たフリをしたのは


まだもう少し、その歌を聴いていたかったから。



……なんて、




(まあそんな事は死んでも言わないが)





「まだ寝ていて下さい。私はお昼の用意をしてきますから」


「…ん」


「?」






さわさわと風が頬を撫でる縁側。
なんとなく、無意識に。ゆっくりと立ち上がろうとした妻の腕を掴んでやんわりと制止させる




十四郎さん?と不思議そうな顔をしている彼女。そっと腕を引っ張り元の位置へ。





「どうしたんですか?」


「…いや、」





よくよく考えると呼び止めた理由がわからなくて。せめて言い訳を考えてからにすれば良かったなとちょっぴり後悔した。


何でもねぇんだけど、と顔を反らすと同時に、それは流石にマズいと悟って必死に言葉を探した(呼び止めておいて何でもない訳がないのだ)






「あー…その、なんだ」


「はい。なんですか?」




また柔らかく微笑んで。妻はただそこで耳を傾けるだけ。きっと、彼女にはその先の言葉はわかっていて、







(それでも待っていてくれる)






「あんま無理とか、すんな」



「はい」



「メシぐらい俺だってやりゃあ出来る」



「ふふ、わかってます」





キラキラと光に照らされた彼女の微笑みは、嘘みたいに綺麗で。





そっと腹部に当てた手をこれまでにない程穏やかな眼差しで慈しむように見守る彼女はまるで天使のようで。








「 ミ ツ バ 」







そっと呼んだ名。
嬉しそうに笑って、彼女の口も愛しそうに十四郎さん、と紡ぐ。





その声が、響きが、音色が。綺麗で綺麗で、ずっと聴いていたいと思った。






「もう少し、此処に居てくれねぇか」






彼女は答えなかった。
代わりに聴こえたのは笑い声だけ。





壊れ物を扱うようにそっと触れた唇は、思いの外冷たかった。







幸福の詩
(これからも、ずっと一緒に)






Fin






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土ミツ夫婦設定でした。
そして甘えん坊土方と妊婦さんミツバ。
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