Short story2

□好き。大好きだ
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あれほどまでに身を焦がした季節。


暑さのピークも過ぎ去り、徐々に涼しくなる今日この頃。





『黒崎くん』





俺の前でころころと微笑んだりむくれたり、一喜一憂する胡桃色。



今日は彼女が生まれて来てくれた事を、感謝する日。





(結構色んな事があったよな…)





初めて告白された。

初めて彼女が出来た。

初めて手を繋いだ。

初めてデートをした。




たくさん初めてをくれたそんな彼女と、恋仲になってから迎えた今日この日。



大切に、大切に。





(実は何をあげるかをずっと考えてて。結局思い付かなくて、当日になっちまったんだけど)




何がいい?って思い切って聞いてみた。そうしたら大きな瞳をぱちくりさせて、予想通りの驚いた顔。





『え、いいよいいよ!別に気を使わなくても全然!』





おいおい。そうきたか。



井上サン、それじゃ俺が納得しないんだけど。
俺がお前にあげたいんだけどな。




『遠慮すんなって。言ってみ?』


『だ、だって悪いし…』


『いいから』


『……じゃあ、』







"今日一日、一緒に居て下さい"



なんて。
最上級の笑顔で、これまでにないぐらい真っ赤な顔で言われたりした日には…





『…俺がプレゼント貰ってどうすんだ…』


『え?』


『いや、なんでもねぇ』





手で顔を覆って軽く息を吐く。
どうかこの情けないぐらい赤く染まった顔を、見られませんように。




『ね、一緒に居てもらっても大丈夫?』


『……あああーくそっ!わかったよ!』


『ふふ、ありがとう黒崎くん』


『…でも、本当にいいのか?』


『うん。だってね、あたしは黒崎くんと一緒に居られるだけで幸せだから』





…恥ずかしい。本当に恥ずかしい奴。




こてん。



肩に預けられる体温と重さ。
それが思いのほか心地良くて、目を閉じてみる。



暫くすると聞こえてくるのは静かな井上の寝息。




(おーい。このタイミングで?信用されてんのは嬉しいけど俺だって健全な高校生なんスけど…)




それに"おめでとう"も言いそびれてまだ言っていないんだが。




(まぁいいか。それは井上が起きてからでも)





でもこれだけは起きてる時には言えなそうだから、





『わかった。じゃあ今年はな。でも来年は、』




そこで一度言葉を途切って。隣で寝息をたてる胡桃色の髪を優しく梳いて、額にそっと口付けを贈る。




『来年は、ちゃんとやるから。そうじゃねぇと俺の気持ちが収まらねぇから、さ』




返答がある筈のない言葉を囁いて、また瞼を閉じる。


静かな心地良いメロディーを聴きながら、意識を預けた。




(おやすみ、井上)



ゆっくりと、波のように。それは青年の意識をさらって。



深く深く、眠りに落ちていった。





Fin


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