Short story2

□金木犀
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きっと、自分はその香りに酔ってしまったのだ。





その日は少し肌寒い霧雨だった。徐々に近付いてくる季節の足音を聴きながら、ふらりと足が向いてしまったのはよく物を破壊してしまう(それは不可抗力ってヤツだが)場所。




ここの所、いつも見掛けた生意気な後ろ姿が見当たらない。それが少し気になって、無意識に足を向けてしまうのは明白だった。



ただ本人はそれに気付いてはおらず、探しているのかと問えば必ず全力で否定するだろう。







『寒…』






大分涼しくなったように思う。今騒がれている地球の病なんて嘘のように。この気候でも常日頃から体力・免疫力をつけている自分は微動だにしないが、隊士の中にはちらほらと季節の替わり目故に体調を崩す者もいる。



全く、自分の体調管理くらいしっかりしやがれ。天下の真撰組が情けねェ…なんてこの頃いつも言っていた口うるさい副長を思い出した。






(死ね土方)





潔くムカつく瞳孔開き気味男の顔を掻き消して、ゆっくり人気のない公園を見渡す。



なんだか少しキュッと胸が締め付けられた。秋の雰囲気はどこか儚げで、どこか寂しい。







どこからか漂ってきた秋の甘い香りに、酔いしれて。




シャラ、




この場にとても不釣り合いで涼しげな音色が風に乗って、1つ、また1つ。そしてそれは徐々に自分の元へと近付いてくるようで。




ゆっくり目線を向ける。
前方には桃色。くるりくるりと楽しげに藤色の華を踊らせて。






『何やってるネ。税金ドロボー』



『…チャイナ』






その悪態をつく姿は、久しぶりに見た気がした。なんだか胸がつまって、普段ならつける筈の悪態もつけず、ただ見つめることしか出来なくてほんの少しだけ戸惑った。





『何だヨ、今日はずいぶん大人しいんだな』


『そりゃこっちの台詞でィ』





いつも通りの会話、姿。
それにどこか安堵した自分が居た。こうも自分の中で奴の存在が大きかったとは思わなくて内心ひどく驚いたものの、表に出さないのは得意のポーカーフェイス。上手くいつもの表情になっているだろうか。今の自分にはそれがわからないほど、動揺しているようで。





『寂しかった?』


『…え、』






だって私暫くここに来なかったネとそいつはからかうように言う。
なんだよ確信犯だってのかこのガキ。だがその瞳にはやや子供にはない筈の艶やかな光が燈っていて






(いつからそんな表情するようになった)






その挑発するような光を持つ瞳に、不覚にも魅入ってしまった。





『なんでお前来なかったんでィ』


『季節の替わり目だからな。風邪ひいてたアル』


『…アホ』


『アホなら風邪ひかないだろ。…で?どうだったネ。寂しかった?』







瞬間、甘い香りを乗せて強い風が吹く。





くらり。くらり。





金木犀の甘い香りと、真っ直ぐで艶を含む大空に目眩。






まるで酒を呑んだ時のようだ。感覚が、脳が麻痺をして。速まる鼓動に導かれるように、口から零れ出た言葉は







『好きだ』







その後のことは狐に摘まれたかのようによく覚えてはいない。
だがこれまでにない程、少女が柔らかく微笑んだ気がした。






金木犀は恋の毒
(甘い香りにに惑わされたのは、)






Fin





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沖神。

もしかしたら神沖かも。大人っぽくて不思議な雰囲気が出したかった。


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