二人の軌跡
□愛してる、なんて
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ヨシュアがいない生活にもようやく慣れてきた。
ヨシュアに起こされて起きる朝、いつからだっただろう。
いつも、目覚めた時には傍にいてくれた。
今は…一人。
今まで当たり前だと思っていた二人で迎える朝が、どうしてこんなにも遠くて、恋しいのだろう。
もう仕方のないことかもしれないけど、もう一度でいいから…と思ってしまう。
…ヨシュアに会いたい
―――
掃除当番だったヨシュアは、ようやく最後に取り掛かる場所、エステルの部屋にたどり着いた。
ここで寝起きの悪い彼女を起こして下に置いておいた朝食をとらせている間に掃除してしまおう、今日の計画はなかなかに綿密なものだったのだ。
部屋の中に落ちていた、あの紙切れを見付けさえしなければ…
「み…見たのね…見たんでしょ?…なんでよ…」
「だから…ごめんってば…メモ用紙に書いてあったからゴミかどうか確かめようと思って」
「言い訳はいい!」
「いやなんでってきかれたから」
うーと低い声で唸っているエステルは、いつになく早起きで…というか、紙切れの内容に驚いたヨシュアが落とした箒の音で目覚めたのだが…寝起きでまとまってない髪が唸り声とともにエステルの野生味を引き立てていた。
しかし表情は涙目、それに頬は紅潮していて。
…何故、このような状況でさえ、彼女の事をこんなにも可愛いと思ってしまうのだろう。ヨシュアはつくづく自分の思考回路に疑問を抱いていた。
それはいたって単純なことで。ただ紙切れの内容のせいだったのだ。
ヨシュアに会いたい。その一文で、ヨシュアはとてつもなく罪悪感でいっぱいになった。と同時に、嬉しい、と思う気持ちもいっぱいになる。
…自分はどうしようもないエゴイストだ。
一人で勝手に愛する彼女の元を去って、彼女が寂しがるのを望んでいたのか。
と、そんな自己嫌悪に陥っているヨシュアを知ってか知らずか、エステルがふと視線をそらして呟いた。
「…もう、いいわよ…過ぎちゃった事だし…」
「え……エステル?」
「だから…!そんな泣きそうな顔しないで…ヨシュア」
お互いが、お互いに視線を合わせて向き合う。
エステルはふわりとベッドから降りて、そっと、でも確かにヨシュアを抱きしめた。
「…ほら、ちゃんとここにいるじゃない。ヨシュアもあたしも」
「っ…!」
突然の抱擁に、ヨシュアは驚いて、気付けば彼女を抱き返そうとしていた腕を、あわてて引っ込める。
「〜〜!…エステル…?」
ヨシュアは、自分の頬が熱くなっていくのがわかった。
「……」
と、急にエステルが黙り込んだと思ったら、
ガクンと、彼女の全身の力が抜けた。
ヨシュアはあわててエステルを抱き留めた。そして、ため息をひとつ。
腕のなかの、愛しくてたまらない少女は、先程とは打って変わって穏やかに、一定の間隔で呼吸をしている。
「……ありがとう、エステル」
ヨシュアは我慢できなくなって、額に口づける。それからエステルを起こしてしまわないように、そっと抱き抱えてベッドへ運んだ。
布団をかけてやり、横に腰掛ける。
やはり、幼い頃からエステルには敵わないな、とヨシュアは思った。
――――
(…あたしってば、なんてコトを…!!)
ベッドに運ばれ、布団をかけられてから数十分後。
意識がはっきりとしてきて、エステルは自分の行動を思い出し、慌てていた。
(…大体なんであれを出しっぱなしで寝ちゃうのよあたしの馬鹿ぁあ!!)
そんなエステルをヨシュアは知らずに、ベッドのふちに腰掛けてエステルの頭を撫でている。
エステルは、撫でられる感覚にまたもまどろみそうになり、けれども先程の自分の行動を思い出して慌てて瞬きをする。幸い、ヨシュアに背を向けるようなかたちになっているので、ばれることはない。
と、
「…かなわないな…」
ヨシュアがぽつりと呟いた。
「いつもハラハラさせられて、危なっかしかったのに…今ではいつもドキドキさせられる……」
それから、ふっと微笑んだのが雰囲気でわかった。
「もう…僕は君から離れることなんて出来ないみたいだ………出会った頃からずっと、好きだった…か」
そしてヨシュアは、布団の上に置いたままのエステルの手をとって、手の甲にそっと口づけた。
エステルは出来るかぎり平静を装って、瞳を閉じる。しかし顔は真っ赤だ。
「いつ、ちゃんと君に言えるかわからないけど…君を愛してる、エステル」
もうちょっとだけ、ゆっくりおやすみ。と付け足して、エステルの手を布団の中にしまってやり、ヨシュアはベッドから立ち上がった。
それから少しして、カチャ、と扉の音。ヨシュアが部屋から出て行ったのだろう。
それと同時にガバッと、エステルが起き上がる。
「う…うそ……あ、ああ愛してるなんて…」
右手をギュッと抱きしめる。先程までヨシュアの手の中にあった方の手だ。
「…もう…起きて下にいけないじゃない……ヨシュアのばか」
あたしも愛してる。いつ言えるかわからない言葉を胸の中だけで呟いて、
「…もうちょっとだけ寝よ…」
少女は二度目の眠りについた。