彼女の幸せ

□ハジマリの刻
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彼女の名前は三枝茉莉。
生まれつき体が弱かったために、十六歳になる現在まで外出も殆どしたことのない少女だ。
家族も体の弱い彼女を見捨てて見舞いには訪れず、彼女が知るのは本の中の世界と検査室、病室とその窓から見える世界だけだった。
触れ合う人間は医師と看護士と検査技師だけ。

そして十六歳の誕生日に、彼女は風邪から肺炎を併発して呆気なく短い一生を終えた。
























目が覚めると、美人が優しく微笑んでいた。
長い黒髪を一つに編んで前に垂らした彼女は、見たところ二十代後半。

「初めまして茉莉ちゃん。お母さんよ」

にこりと笑って挨拶する彼女に目を瞬く。

お母さん?

「あ、ぅー?」

あなたは誰?と聞きたかったのに、口から出たのは意味を為さない高い声。
伸ばした手は小さく短い。

漸く彼女は悟った。



自分が生まれ変わったのだと。














生後一年でわかったことがある。

新しい生での名字は山本。
父の名は剛。母は夏枝。

父の職業は寿司職人。自宅の一画を店舗にし、そこで商売をしている。腕は一流らしい。
母は専業主婦。料理は致命的だが、他の家事はベテラン主婦にも負けない。

そして茉莉には双子の兄がいた。
名は武。


新しい生での家族は皆が優しく、茉莉は幸せを感じていた。







五歳になると、双子は幼稚園に入園した。
武はこの時から、少年野球チームに入り、度々試合に出掛けていた。
前世での生活が原因で極度の人見知りである茉莉は、武がいないといつも教室の隅で絵本を読んで過ごしていた。
その日もそうだったのだが、外見もさることながら、小動物めいたその動きで誰をも魅力する茉莉に、一人の少年が声を掛けたのだ。

「まりちゃん、あそぼ」

やや強引な彼は茉莉の返事も聞かずにその手を掴んで引っ張った。

恐怖に顔をひきつらせた茉莉だったが、その涙が溢れるより早く、教室の出入口から声が聞こえてきた。

「なにしてるの」

歳のわりに落ち着いた声音は、何故か茉莉を安堵させ、少年には大きな恐怖を与えた。
何故なら、彼はこの並盛幼稚園では有名な「脅威」だったから。
少年が走って逃げると、残された茉莉は未だ残る恐怖に体を震わせていたが、歩み寄ってきたこどもの小さな手がそっと頭に触れると、震えは徐々に治まっていった。

見上げれば、整った顔をしながらも無表情な癖のある黒髪の少年がいた。

「だいじょうぶかい?」
「…ん」

小さく頷くと、頭を撫でられ、茉莉は気持ち良さに目を細めた。
肩で切り揃えられた艶やかな黒髪が、頭を撫でる動きに合わせてサラサラと揺れる。

「ぼくは ひばりきょうや。きみは?」
「…やまもとまり」
「まりはそうしょくどうぶつだけど、しょうどうぶつだから ぼくがまもってあげるよ」

その言葉の意味はイマイチわからなかった茉莉だったが、彼が自分を守ってくれるらしいことはわかったので、にこりと笑った。

「…ありがと」



茉莉が後に最凶の風紀委員長となる雲雀恭弥をノックアウトした瞬間だった。


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