オリジナル
□笑わぬ道化
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<第3夜 [赤い部屋の恐怖]>
――― カツン カツン ―――
とても静かな廊下に乾いた音が響く。
病院内へと足を踏み入れてからと言うもの、人一人いない。
この時間であれば見舞いに来ている“一般人”がいても良いはずなのに...
「――――――――――。」
ある一室から聞こえてきた声。
おそらくは医者。だが、その奥の方からもっとたくさんの声が聞こえてくる。
憎しみがこもったような、耳に残るたくさんの叫びが。
嫌な予感がした。
この病院にはすでに、人間と呼ぶことの出来るモノはいないのではないかと。
壁づたいに身を寄せ、部屋の中をのぞき込む。ソコにいたのは血に濡れた医者と、まだ蠢(ウゴメ)いている身体の一部。そして………
「誰だ!!」
部屋の中から怒声が響いた。気づけば、部屋の主がこちらを睨んでいる。
白衣を真っ赤に染め上げた男が、壁越しに。
迂闊(ウカツ)だった。幾ら異様な光景であったとしても、普段ならこんなミスはしない。
そのくらい油断していたと言うことなのか?
いや、キットそれだけではない。…まさか…俺が、恐れているとでも言うのか?
「――――。」
「これはこれは。どうなさったのですかな?」
壁から離れ姿を現すと、男はわざとらしい笑みを浮かべて俺に歩み寄ってくる。
そして、彼が声を発したと同時に、半分になった顔や人間だったモノに辛うじてついている目玉が一斉にコチラを見た。
ザワリ...と全身の毛が逆立つような不快感が襲いかかってきた。
初めてだった。
今までも言葉では言い表せないほどの酷い状況には遭遇していた。コレより酷いところも。
だが、今回のような感覚は初めてだ。
同時に、初めてこの仕事を辞めたいと思った。
――――…なに考えてんだ。そんなの出来るわけねぇのに
「アンタ、なにやってんの…?」
「なに…と言いますと?」
「―――…」
男はニヤニヤと笑みを浮かべたまま歩みを止めた。
そして机の上に乱雑に放置してあった人の腕らしきモノを手にして、椅子に腰を下ろした。
「貴方、人間を食べたことあります?」
唐突に言い放たれたその言葉は、余りにも強い衝撃を与えた。
人間を食う?そんなことっっっ
男は俺から視線を外すと、愛おしそうに、手にした腕を眺め、喰らいついた。
グジュッ と水音がして、鉄のような独特の匂いが更に強くなる。
ポタポタと男の口の端から流れ落ちるのは、まさしく人間の血そのもの。
異様。と言うだけでは足りないほど、その光景はあり得ないモノだった。
―――…狂ってやがる
目を反らすことが出来なかった。
全身が凍り付いたかのように、指一つ動かせず、只男がその腕を平らげるのを見ているしかなかった。
「ククッ.....その様子では見るのも初めてのようですねぇ?」
男はニタリと笑って骨をコチラへと投げつけた。
途端、今まで凍り付いていたからだが恐怖で震えだし、とてつもない吐き気が襲(オソ)い来る。
ガクガクと足まで震えが届き、立っていられなくなる。
目の前に対象(ターゲット)がいるというのに、なにも出来ない…
「おやおや…。こんな所へ来るのだからてっきり、殺し屋か何かだと思ったのに…
どうやら飛んだ勘違いだったようだ。……迷いネコ、と言ったところかな?」
男は先ほどまで腕を持っていた手でメスを握り、ユックリと立ち上がった。
血で出来た水たまりを踏みながらユックリこちらへと近づいてくる。
―――…死にたくない!!!
頭では逃げないといけないと解っているにも関わらず、体が言うことを聞かない。
こんな所で、死ぬわけにはいかないのに…
「――――じゃあな、坊や」