作品集
□5:線香花火が落ちる前に
1ページ/3ページ
もうすぐ夏も終わるのだろう。
一時期の蒸せるような暑さは確かに鳴りを潜め、夜にともなれば、随分過ごしやすい日が増えたようだ。
耳をすませば、秋の訪れを示すように微かに鈴虫の声が聞こえてくる。
鈴花は一人、縁側に腰を下ろして何をするでもなく、藍色の空に浮かぶ月を眺めていた。
――やんわりと光る月。
大気が澄んでいるのか、今夜の月はやけに奇麗だ。
鈴花はそんな月から視線を逸らして、そっと溜め息を漏らした。
「ハジメさん、遅いなあ……」
溜め息と共に零れた独り言は幾分か不満げである。
――今日は、早く帰る。
今朝方そんなことを呟いて出て行った夫の顔を思い出して鈴花は頬を膨らませた。
彼女の手には数本の細い何かが握られている。
――線香花火、である。
掃除中に偶然見つけたのだ。
いつかの夏の残り物なのか、中途半端な数しか残っていなかったが。
今晩、夫である斎藤が早く帰ってくるならば、共に楽しもうと思って持ってきたのである。
鈴花はもう一度溜め息をついた。
――斎藤が帰ってくる様子はまだない。
職場で何かあったのかもしれない。
鈴花は浮かない顔で側に置いてあったマッチ箱を手に取った。