作品集
□3:氷菓子をひとつ
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どん、と軽い音と衝撃。
横から前へ視線を戻して見上げれば、見慣れた制服。二年生の青のタイ。
「倫?」
降ってきた声も、聞き慣れたもの。
「陸奥さん」
今ぶつかった相手は、この人だったんだ。
「悪い。大丈夫か?」
てっきり、前見て歩けよな、とか、どこ見て歩いてんだよ、とか言われるのかと思ったから。
わたしは目を丸くしてしまった。
「……何だよ。オレだって、自分が悪いときは謝るぞ。こんな人混みの中、よそ見して歩いてたのはオレの方だからな」
急に拗ねる彼に、わたしも慌てて謝る。
「いえ、わたしもよそ見してましたから…すみません」
立ち止まるわたしたちを避けて、人混みは流れていく。
そのざわめきに、陸奥さんは怪訝そうな顔をした。
「おまえ、祭りなのにひとりなのか?」
「いえ、クラスの女の子たちと来たんですが、わたしだけはぐれてしまいまして」
「オレもそうだ。生徒会連中と来たんだが、はぐれちまったみたいでな。携帯も通じにくいしな…」
陸奥さんは溜息をついて、辺りを見回した。
一年に一度の夏祭り。夜とは思えない人出なので、一度はぐれたら合流は難しい。
つまり、知っている人と偶然出会うのも難しいというわけで――わたしが陸奥さんと会えたのは、けっこうすごいことかもしれない。
そんなことを考えながら、わたしが団扇で顔を扇いでいると。
陸奥さんが思いついたように、
「人混み、出るか」
と言った。
わたしが答えないうちに、空いていた手を握られる。
「陸奥さん?」
「……こうすれば、はぐれない」
そう言って、すいすいと泳ぐように人混みを掻き分けてゆく。
わたしから、先をゆく彼の表情は見えなかった。