Zack
□涙雨
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黄昏時の資料室。
人気の失せたその場所で、カイは一人、茜色に染まりゆく街並みを見下ろしていた。
シュー…カチッ
カッ…コッ、コッ…
緩やかな足取りが近づき、それが隣でピタリと止まる。
「サボり?」
「…あんたと一緒にしないでくれる?」
「なんだよ、酷いな…」
「…どっちが」
膝を抱え、そこに頭を預けるカイ。
窓の向こうを望むその姿は、いつもと違いどこか寂しげ…
ザックスはそんなカイから視線を外すと、辺りを見回し、手にしたディスクをジッと見つめた。
「ツォンが此処にいるって聞いたんだけど」
「…誰も居ないわよ」
「──そうみたいだな」
言って肩を竦めるザックス。
手にしたディスクを脇に寄せると、未だ顔を見せないその姿に小首を傾げた。
「それで、カイは此処で何やってんの?」
「…外、見てる」
「ふうん…」
その呟きを最後に、再び、しんと静まり返る室内。
俯いていたカイが僅かに顔を上げると、そこから淡いブラウンの瞳が覗いた。
「ね、ザックス…」
「…ん?」
「涙雨って知ってる?」
「…なみだあめ?」
「うん」
そう言って、上目遣いに見つめるカイ。
ザックスは、その言葉にう〜んと小さく唸ると、俯きながら頭を掻いた。
「…涙が、雫と化して降ったと思われる雨、だってさ。…ふふ、ナンセンス…よね?」
そこから伝わる物悲しさ。
カイは僅かに表情を緩めると、また逃げるように窓の外へと視線を移した。
「…泣きたいなら、泣けばいいじゃない」
「……ばか言わないでよ」
「俺の胸ならいつでも空いてる」
そう言って両腕を広げ、おどけてみせるザックス。
「…ばっかじゃない」
カイはそう小さく呟くと、身体を小さく縮こませた。
「ったく…恥ずかしげもなくよくそんな台詞吐けるわね?」
「カイにだからじゃない?」
言いながら口許を緩め、肩を竦ませるザックス。
だが、その言葉にカイの声が掠れ始めた。
「…も、あんたってば…ホントタイミング悪すぎ……」
抱えた膝を引き寄せ、そこに隠れるカイ。
ザックスは、そんなカイに無言で歩を進めると、その背後に腰を下ろした。
腕を伸ばし、頬にそっと触れる。
長い睫毛がぴくりと動いた。
「俺としては、もう少し頼ってくれた方が嬉しいんだけどな?」
そっと引き上げそこを擦ると、カイの瞳から溢れた涙が一粒、頬を伝って手の甲に落ちた。
ザックスは、そのまま何も言わずに肩へ手を伸ばすと、その身体を自身の胸に押しつけた。
「…ッう」
珍しく、素直に収まるカイ。
すがるように服を掴むと、嗚咽を噛み殺しながら、静かに肩を震わせた。
そんなカイを、窓枠に背中を預け、抱き抱えるように支えるザックス。
小刻みに震える背中を数回擦ると、頬を擽るその髪にキスを落とした。
鮮やかな夕陽に照らされ、長く伸びたひとつの影。
ザックスはおもむろに天井を仰ぐと、おとなしく胸に収まるカイの髪を指に絡めた。
「涙雨、か…」
外は雲ひとつない茜色。
それは、その言葉を飲み込むように地平線へと吸い込まれると、夜を色濃く彩り始めた。
2011.9.29