(TOA:ガイ)
「世界が滅んだら、どうしようかな」
ぽつり、キミが一言。 俺は「藪から棒に」と呟いて、荷物を整理していた手を止めて顔を上げた。
「なんとなく?世界が滅んだ後は一体どうしようかと思って」 「世界は滅んでるんだろ?なら、後も何もないじゃないか」 「…ああ、そっか。その時は私ももう死んでるのか」
ドキリ、と心臓が脈打って体の芯がさっと冷えて凍えてしまうかと思った。 なあ、どうしてそんなに平気そうな顔をして、さらりと残酷な言葉が吐けるんだい? 「いやぁ、盲点だった」なんて、キミが笑うから。俺はそれを間接的にでも指摘してしまった事を嫌でも自覚してしまう。ああ、余計な事は言わないに限る。
「いきなり過ぎるぜ。大体、突拍子もなく物騒な事言わないでくれよ。聞いてるこっちがヒヤヒヤする」 「何で?ただの例え話じゃない」 「何ででも。例え話だろうと、聞いてていい気分のものとそうじゃないものってのがあるって事だよ」
ああ、本当に冗談じゃないぜ。 心の中で繰り返して、中途半端に捻ったままだった体を今度はしっかり180度回して向かい合う。一度絡んだ視線に思わず苦笑が浮かんだ。
「訳分からない、って顔だな」 「実際分からないもの。所詮例え話は例え話であって、この話だって実際起こりうる事柄を想定して言った訳じゃないし。言ったじゃない。“なんとなく”口にしてみただけ」 「“なんとなく”でも、俺に言うべき話じゃなかったよ」
怪訝そうにこっちを見てから、きっと何の感情も浮かんでいないだろう俺の表情に気が付いて更にその色を深く眉を寄せる。 訳分かんない、と。小さく唇が動いたのが正面からははっきり見えた。 彼女にとってすれば、本当にただ退屈な中でふと思い浮かんだ事を軽く口にしただけだろう。それに此処まで過敏に反応する俺がおかしい、それは分かってる。 けれど、良く考えて欲しい。世界の崩壊なんて事は何時起こるかどうかなんて誰も分からない事柄であって、もしかしたらこんな例え話をしている次の瞬間には目の前が真っ暗になってしまう、という事もあり得ない話ではないのだ。まあ、その可能性は限りなく低いのかもしれないけれども。
こんな下らない話をした翌日、明後日、一週間後、一月後。なあ、キミはまだ俺とこうやって下らない会話を交わしているのか? 誰かが死ぬとか殺されたとか、そんな話は嫌という程溢れ返っているこの世界。そんな話が自分達の身に降りかかってくる事を誰よりも恐れているのはきっと俺自身だ。悲壮感漂う空気の中で、仲間の口から洩れる悲しげな声が紡ぐ名がキミのものでないという保証は何処にある? その瞬間、壊れる世界はキミのものではなく俺のものだろう。 頼むから、世界に溢れた『死』という言の葉をキミの口から聞かせてくれるな。それだけで足元に背筋が凍りつくような何かが生まれて、俺はがしりと頸を掴まれる。
「なあ、知らないだろ?」 「…何を?」 「世界が滅ぶのなんて、ホント、一瞬の事なんだぜ」
そう、それは人の命の儚さが如く。 人の命なんて一瞬。 その一瞬、零れた命がキミのものであったらと怯える俺をキミは笑うのかもしれないな。
「…今日のガイ、何か変だね」 「そうか?」
怪訝そうな表情のまま呟いたキミにただ誤魔化すように言って、俺はまた作業に戻る。 この話は打ち切りだと、向けた背中は語っていたのかもしれない。それ以上会話はなく、また静寂が戻ってくる。 それに安堵している俺は、多分。
臆病者と嗤うならば嗤え
(…消耗品、そろそろ買い足しの時期かもな)
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