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□愛故に
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(TOA:ジェイド)


目の前が真っ白だ。
腕が痺れる。そろそろ感覚がなくなってきた。
足元もふらついて酷い。


――ああ、今ぶつかりかけた方、本当に申し訳ないです!


心の中で謝罪する。否、口に出している余裕なんて、ない。
振り向いたその人は私の状況を見て、怒りなんて抱く前にその目をぎょっと大きくすると至極憐れむ様に視線を投げかけてそそくさと早足で去ってしまった。
嗚呼、無情。
此処――マルクト帝国軍第三師団――では、私の味方なんて一人としていない。
気の毒、とは思ってくれているようだが。それでも、誰も救いの手なんて差し出さない――否、差し出せない。
それもこれも。私の手助けなんてすれば“あるお方”が笑顔のままお怒りになるからで。
私が孤独に苦労してばかりなのも、全部!その“あるお方”の所為なのだ。


「し、失礼しま…す!」
「…おや、少尉。今日も一人ですか大変ですねー」
「あ、はは…ど、うも…!(だ、誰の所為だと思って…!)」


そう。
“あるお方”――この、目の前で呑気にお茶なんか飲んで寛いでいるジェイド・カーティス。階級は大佐――が、私の不幸の元凶だ。


「…た、いさ……この資料は、何処、に……!」
「ああ…そうですねぇ…。特に考えていませんでした。まあ、その辺りにでも適当に置いておいて下さい」
「は、い…(た、助かった…!)」
「あ、それと少尉」
「は、はい…?」
「こちらの書類、ゼーゼマン参謀の所へ届けておいて下さい。至急です」
「……は…い……」


どさぁっ!と私の身長の半分以上はあるんじゃないかって位の紙の束を降ろして一息付ける!と思った矢先にこれだ。流石に泣けてくる。
私の細い腕(ごめんなさい嘘です。剣なんて軽く振り回せる位には逞しいです)なんてもう「限界です!」って主張するように痺れてプルプル震えているのに、それを知りながらこの男ジェイド・カーティスはどんどん仕事を押し付ける。
いつも。いつもいつもいつも、いつもいつも!
それを笑顔で「はい!」と返事し続ける私はなんて健気だろう。なんだか第三師団に配属されてから、自分が段々(精神的に)逞しくなってきているような気がするけれど、多分それは気のせいじゃないんだろうと思う。


「そ、それじゃあ行って参ります…」
「ちょっと待って下さい、少尉」
「はい?」
「こちらも今仕上げますので、どうせなら一緒に持って行って下さい」
「……は、はぁい…!」


けど、最近は本気で配属先の師団の移動願を出したいと思っている。それか、軍の辞職願。これは割と本気だ。
職はなくなるが今までの給金の貯蓄と、密かに自慢の人当りの良さを生かせば生活に困らない程度の職場はいくらでも見つかる。どうせなら、辞職を機に両親にうるさく勧められて今まで突っ撥ねてきた縁談話に乗るというのもいいかもしれない。
とりあえず第三師団の、しかも師団長からの職場苛めは半端ない。相手が相手だけに、私も口答えなんか…出来る筈がない。だって相手はあの悪名高い、泣く子も黙る“死霊使い”。
「恐ろしくて反発なんか出来る訳ないですかぁ!」と、ついこの間苛めに遭っているのを慰めてくれた皇帝陛下に泣きついたばっかりだ。「可哀想になぁ」なんて陛下は言って下さって嬉しかったけれど、愉快そうに笑ってさえいなければもっと嬉しかった。


――あいつは気に入った相手程苛めたがるからなぁ。ま、性格が歪んでる奴らしい愛情表現ってやつだ。そう考えると可愛いもんだろ?


「少尉、何をそんな所でぼけーっとしているんですか。ほら、そんな間抜けな顔をしているくらいなら先程持って来た資料でもファイリングして片づけるくらいしたらどうです?全く、気が利かない部下ですねぇ。そんな事ではお嫁の貰い手も中々見つからないんじゃありませんか?負け犬人生まっしぐらとは…いやいや、お気の毒に。まだまだ若いのに光が見えない未来とは、さぞや悲しい事でしょう。まあ、同情はしませんが」
「…あは、はは……!…す、みませ、ん…!!」
「そう思うならさっさと仕事に取り掛かって下さい」


――これのどこが可愛いんですか陛下…!!!
ああ、怒りの余りに妙に力んで言葉が途切れ途切れになる。腸が煮えくり返るなんて、大袈裟な慣用句ねぇなんて思っていたけど成程納得だわ。今私の腹の中は開けばきっとぐつぐつと煮え滾っているに違いない…!


「そういえば、小耳に挟みましたが」
「…何でしょう」
「最近少尉は陛下と仲がよろしいそうで」
「……まあ、お話をさせて頂く程度には」
「ほぅ…」


ちら、とカップの代わりにペンを持ちながら大佐は私を見る。
…う、赤い目が怪しく光るのは何度見てもまだ慣れない。
次に何を言われるのかと思わず身構えてしまう癖が付いてしまった。太いファイルを突き刺さる視線からの盾の如くに胸の前で抱えて固まる私に、嫌味なくらいに整った顔が優しく微笑む…!(これは…来るぞ!)


「王妃の座を狙うには、貴女では容姿も器量も身分も何もかもが不足していますね。身の程知らずは恥ずかしいですよー。恥をかく前に早く望みのない願望は捨ててしまう事をお勧めいたしますが」
「べ…別に、そんな恐れ多い事は考えていませんけど…!」
「ああ…。貴女にもその程度は理解する事は出来ましたか。良かったですねぇ、少なくともブウサギよりは脳味噌の量がありそうで」
「…………あの、大佐」
「何ですか。私は仕事中なのですがねぇ」
「私の事が嫌いならさっさと首を切るなり師団から除名するなりしてくれませんか?」


なんだ、自分から話しかけるのはよくて私が話しかけるのは悪いのか。邪魔扱いなのか。
そう思うとプッツンと私の中で何かが切れた。
そして、気が付けば喧嘩を売る様に口にしていて、大佐はなんだかきょとんとした様に赤い目を少し丸くして「はぁ?」と何だか凄く間抜けに聞こえる声を上げた。
何だこいつ、みたいな目で見られる。何なんだ、と思って負けじと睨み返すと、大佐は呆れた風に溜息を吐いてこう言った。


「嫌いだったらわざわざ私から話し掛けなんかしませんよ」


「下らない事を言わないで下さい」と本当に下らない事を聞いたとばかりに続けて書類に視線を戻した大佐を、私はしばらくぽかんとした顔で眺めていた。



愛故に



「で、結局訳分からないまま何だかやられたって感じで腹立ったんで辞表出したら即譜術で燃やされたんですけどあれって結局どういう事だったんでしょうね?」
「な、あいつ案外可愛い奴だろー?」
「ですからどこがですか?その時味方識別してくれてなくて私かなり痛かったんですけど!」






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