宿星三國史
□war.9 -戯曲-
1ページ/14ページ
「おーい、芸術馬鹿」
新帝就任祝いを終えた夕刻頃。帝城内で宿泊する特別な者の為にと用意された、豪華な客室の扉を開けた公孫サンが、絢爛な椅子に腰掛け紅茶を飲みゆったりと寛ぐ袁紹に声を掛けた。
「何用だ?」
「以前から計画してたあれをやるぞ。ホラ、例の“アレ”だ」
「ふむ。そろそろ頃合いか」
袁紹は口端を笑みの形に吊り上げ、カチャ…紅茶の入ったティーカップを置いた。
「抜かりは無いな?」
「勿論だ!この俺を誰だと思ってやがる!」
公孫サンがニヤリと笑ってコートから携帯電話を取り出し、ボタンを押す。
「よう、待たせたな。
時は来たぜ。例のモノを帝都まで運び込み、計画を実行しろ。
いいか、絶対ェ奴等に気付かれるなよ。失敗すりゃ最後、生きては帰れねぇから最悪死は覚悟しとけ。それ位怖ぇ相手だからな」
大荒れとなった新帝就任祝いの宴から一夜明けて現在は昼、場所は変わって帝城最上階にある帝専用の間。一面に敷かれた、一目見るだけで高価と判る朱と金の糸であしらわれた絨毯の上を、翔は緊張した面持ちでマグカップの中身を溢さないよう一歩ずつ、慎重に移動していた。
「(やっぱ一般人の俺がこんな部屋で暮らすなんて無理だ!リラックスどころか逆に精神が擦り減って無くなっちまう!)」
バァンッ!!
「翔ォ!ヘェェェルプッ!!」
「どゥォォオッ!!!?」
突如馬超が扉を豪快に開け放った。翔は盛大にビビり一瞬マグカップを落としそうになるも、慌てて体勢を立て直す。
彼は部屋に転がり込んで翔の背後に回り、ガタガタと震えながらそっと翔の背後から顔を出して出入口を凝視した。
「一体何があったんスか?!」
「あ、ぁぁアレを見ろよ…!!」
「アレ?」
頭に被る鬣を逆立てた馬超は震える指で指を差し、翔は首を傾げて示された箇所を見た。
「うげッ?!」
翔も顔を青ざめ、一気に引いた。真っ黒な靄から何本もの触手が生えており、うようよと蠢きながら此方にじわりじわりと少しずつ迫って来ていたのだ。
「何だよアレ?!しかもこっち来てるし!気持ち悪ッ!!」
「見ただろ?!マジで頼む!アレをチョ→どうにかしてくれ!!」
「無理ですって!つかやりたくねぇよ気味悪ィ!」
「やれよォ!俺の主だろォ!?」
「無茶言うな!てか!!フツー部下が主護るもんじゃね?!」
「それは戦の場合だ!今はチョ→違ェ!!」
「いや今も十分戦だろ!
ってェ!!キモいのがもうすぐそこまでキてるゥ?!」
二人が言い争っている間にも不気味な触手はじわりじわりと迫り、遂に部屋の中へと差し掛かっていた。
翔は深く息を吸った。右手から浄化の光を放出し、両手で素早く光球を作り出す。
「…取り敢えず浄化の光を当てるしかないッスね」
「さすが翔!切り替えチョ→早ェ!」
「これで見直したら、次からはちゃんと護って下さいよ?」
「ああ護る護る!」
コクコクと頷き翔から離れる馬超を尻目に、翔は黒い触手へ勢い良く光球を投げた。
「はい、そこまで!」
突如現れた諸葛亮に光球を羽扇で消し止められた。翔と馬超は驚いて彼を見るが、二人の視線など全く気にもとめず諸葛亮は触手に近付くと、羽扇を大きく横に払った。
「おや?」
黒い靄が一気に払われ、代わりに大鎌を持ったホウ徳がキョトンとした表情で現れた。
「俺様にはバレバレだよ?マスクの死神さん」
「あぁ、やはり貴方には敵いませんね。フフフ」
ホウ徳は手にする大鎌を自身の影の中へと埋めながら笑い、呆然と立つ翔と馬超に一礼する。
「驚かせて申し訳ございません。私はただ、純粋に戯れようとしただけの事……ええ、即ち最高の悲鳴と恐怖に怯える姿を見たいが故考案した“邪なもの”ではございませんので、どうかご容赦を。ンフフフフ…♪」
「(違う絶対に違う!間違いなく邪だ!!)」
「(嘘つけ!どう見てもアレはチョ→邪だろォが!?)」
「邪ねぇー、別にいいんじゃない?
それより、これからテレビで面白そうなものが始まるからさ、皆で一緒に見ない?あの暴走族な赤髪殿下さんとダンディーな芸術家さんが、何かやらかしてくれるらしいよ?」
「やらかす?」
「公孫サンと袁紹が?」
「そ。や・ら・か・す♪」
へらへらと笑う諸葛亮の提案に翔と馬超は首を傾げるが、早速部屋の外へと歩きだした彼に手招きされ、ホウ徳と共に彼の後をついていった。