宿星三國史

□war.4 -事変-
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黄巾党の反乱が起きる数日前。
三日月が浮かぶ星の無い夜。一人の中年の漢が小さな建物の屋上から、淡い光を放つ小さな街を見下ろし佇んでいた。

「酒池肉林は…未だ成らずか」

漢には野望があった。
一国の最高権力者として君臨し、豪奢な酒宴や豪遊を存分に楽しみながら全国民を苦痛へ追いやり、死期が訪れる迄愉快に嗤って眺める事だ。だが漢の階級は低く、煌幻郷の首都を制圧するなど到底不可能だった。
己は、野望叶わず此処で死に逝くのか。
漢は溜め息を吐いた。

「その野望、叶えてやろうか」

突如視界が暗くなり、漢は息を呑んで恐る恐る空を見上げた。
眼前に降り立ったのは、人生上一度も見た事の無い奇妙な黒鳥。漢は腰を抜かし、恐怖でその場から逃げ出そうとした。しかし、身体が動かない。まるで地に縫い付けられたかの様に。
黒鳥が嘲笑う。

「俺には判る。貴様の内に秘める、その拙い欲望の全てが」

漢は目を見開いた。黒鳥は依然嘲笑[わら]ったまま、妖しく輝く瞳で漢に問う。

「欲しいのだろう?酒池肉林……人々の恐怖の叫びが」

その言葉に漢は強く頷いて立ち上がり、欲望を剥き出しにして黒鳥に迫った。

「…この野望、確かに叶えたい!酒池肉林を手にする事が出来るならば、何だってしてやろう!!」

予想通り墜ちたか。俺の手中に……。
黒鳥はクツクツ嗤って大きく翼を広げ昊へ舞い上がると、漢を見据えこう告げた。

「ならば、この俺に忠誠を誓え。さすれば貴様に、相応の力を与えてやろう」

「ははっ!貴方様の為に働いてみせましょうぞ!」

漢が跪き、両手を合わせ忠誠を誓う。黒鳥は右手を前に突き出し黒い光を放った。その光は直撃して腹に血の様な紅黒い刻印が刻み込まれ、漢が姿を変えていく。
羽ばたいた国鳥は月夜から姿を消した。










黄巾党鎮圧から穏やかな数日が経過した、午前8時25分。大都市・蓮呉の中心繁華街に、翔と孫策はいた。

「ッたくよォ、何で俺がんな事しなきゃなんねぇんだ!」

「しょうがねぇじゃん頼まれたんだからさ。
……お前の怖い人から」

約三十分前、二人は呉国太に頼まれ先程まで此処で買い出しをしていた。今はその多量な荷物を抱えて帰る途中である。

「なぁ翔、早く帰ろうぜ。荷物は軽ィし、退屈で仕方ねぇよ」

「なら少しは俺のも持てよ!!」

「やなこった」

孫策が多少速く歩き出し、翔は溜め息を吐いて彼の速さに合わせると、くだらない会話のやり取りをしながら城へと戻っていく。
この時、彼等は何も知らなかった。
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