宿星三國史
□war.10 -始動-
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暗闇に包まれた一室。
一人の男がグラスを片手に、高級感ある椅子に座って大画面の映像を眺めていた。
ゴォォッ
背後から強い妖気を感知する。次いで視界に現れたのは、マントを羽織り牛の様な角を頭から生やした人物。その妖が、艶やかな声音で彼に問い掛けた。
「相変わらず…あっちの世界ばかり見ていて飽きないのかい?」
「そういうお前は暴君配下の始末を終えたのか?饕餮[トウテツ]」
「勿論終わったよ。ついでに思う存分喰らって、御魂をアタシの物にしてきたから」
妖・饕餮はクスクス嗤い、優雅に衣服を靡かせ彼に近寄っていく。この返答に男は多少満足気に頷くと、グラスの赤ワインを一口飲み肘掛けに手を乗せた。
「悪いがこの場から離れてもらおうか。俺はこれから檮榾[トウコツ]と、今後の予定について打ち合わせをしなければならん」
饕餮は少し不満そうにふぅんと頷くが、直ぐ様口角を上げ艶やかに微笑む。
「鳧溪様、アタシも一応『四凶』の一人なんだから、別に居たっていいんじゃないのかい?それにほら、アンタの為に計画を熟してあげられるんだしさ。
だから、下がる必要なんて無いでしょ?」
「…そうだな」
饕餮が耳元で囁くと、男・鳧溪は軽く鼻で笑って頷いた。
ギィィィィッ
二人の後方、出入口から強い妖力が溢れ出し、鮮やかな装飾の施された扉が開いた。辺り一帯を一瞬で凍らせるかの様な、淡い煙と共に煙管を持った青年が現れ、変わらず映像の方を向く鳧溪に一礼する。
「お呼びでしょうか、鳧溪様」
鳧溪は青年の声を確かめるかの様に頷き、椅子を半回転させる。そしてジッと彼の表情を見据えた。
「檮榾、少し今後の予定についてお前と打ち合わせしたいと思ってな。予想より早く黄龍総帥の元に二十八宿星が集結している、このままでは俺の計画が台無しになる可能性が高い様だ」
これを聞いた檮榾と呼ばれた青年が、険しい表情をしてゆっくりと顔を挙げ、鳧溪を凝視した。その碧空の瞳は怒りを露にしており、全てを容赦なく凍てつかせるかの様な冷たさを感じさせる。
これだから檮榾は、俺にはなくてはならない存在[もの]なのだ。
彼の瞳に鳧溪はクツクツと喉を鳴らして嗤い、頬杖をついた。
「何か策はあるのか」
「無論」
檮榾はすぐに返事を返すと、少し姿勢を正して落ち着いた声音で語り始めた。
「先ず、反暴君連合軍にいた重要人物を我等の時間稼ぎの駒として扱う為、その中で好きな奴を弄ぶ様、ある者に命じてあります。奴は『玩具』に対しては大切に扱う故、しっかりと役目を果たすでしょう。
一方で私と饕餮は政府内部の者に成り済まし、鳧溪様が国家を意のままにされる準備を整えます。大規模な戦を頻繁に起こし、愚者共の負の感情を、貴方様に届けながら」
「…その間、俺はどうすれば良い?」
「此処で好きな様お過ごし頂いて結構です」
鳧溪の問い掛けに檮榾はさらりと答え、丁度映像を眺めていた饕餮と視線が合った。彼がくすりと妖艶に嗤い爪先を動かすと、画面が変わる。
檮榾は口端を吊り上げた。
大画面に映し出されているのは、中原地区に巨大な拠点を築き上げ、小規模の敵対勢力を静かに待つ金色[こんじき]の鎧を纏った漢。漢は拠点の奥にある椅子に悠々と座っており、兵士達に指示を出している様子から総大将と窺える。だが、その瞳に生命を宿した様な光は見えず…そう、それはまるで人形。
全て計算通りだ
檮榾は心の奥底で嗤うと、鳧溪に一礼し踵を返して部屋から立ち去った。音を立て扉が閉まり、様子を穏やかに見ていた饕餮がクスクスと愉しげに嗤う。
「さて、アタシもこれで失礼しようかねぇ。ちょいと色々見てみたいものがあるんで」
「それはお前の欲望を満たす為か?」
「さぁ?どうだろうね。
では鳧溪様、暫し愉しい一時を」
饕餮も鳧溪に深々と一礼すると、藤色の光と共に姿を消した。
「……フフフ」
一人となった室内で鳧溪はゆっくりと口端を吊り上げ妖しく嗤う。そうして饕餮が映し出した漢を舐める様に見つめ、ワインを飲み干し愉しげに呟いた。
「哀れ、且つ愚かな者共よ。負の感情と悲痛な叫びを存分に響かせ俺に見せつけろ。さすれば、貴様等に相応の狂宴[うたげ]を用意してやろう」