宿星三國史

□war.10 -始動-
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夜闇の平たい土地に小さく響き渡る、木菟の声。
その土地は水や食物に恵まれ、昔からその恵みを受けた、小さな都市が栄えている。そこは常時旅をする人々が訪れ、悠長で和やかな時を過ごし、疲れを癒す場所でもあった。
そんな街の入口に建つ宿屋の駐車場に、とてもこの場には似つかわしくない派手なペイントの施されたバイクが数十台。よく見るとどれも龍のステッカーが貼ってあり、中の一台には“民愛上等”と書かれた四文字のステッカーが堂々と貼ってあった。

「玄徳兄貴のこの四文字、流石というくれぇだな。オレなんか似合わねーぜ」

駐車場でそのバイクを見つめていた張飛が豪快に笑いながら、隣でヤンキー座りをして辺りを眺めている劉備に話し掛ける。当人は張飛の方を向き軽く笑って、ゆっくりと立ち上がり伸びをしながら言葉を返した。

「ハハハ。その代わり翼徳には“一騎当千”とよぉ、俺よりもすげぇ格好良い四文字が貼ってあるじゃねぇか」

「よしてくれよぉ」

返答を聞いた張飛は少し照れ臭そうに笑って鼻の頭を掻き、手にしていた酒を豪快に飲み干す。そして口を腕で拭い息を吐くと、ニカリと笑って問い掛けた。

「玄徳兄貴。公孫サンの奴、何で俺達を呼んだんだ?雰囲気からにして酒の話じゃなさそうだしよ。オレ、くだらねぇ用なら嫌だぜ」

「……お前は毎度毎度酒ばかりか。ま、それは置いといてだ」

劉備は義弟の言葉に半ば呆れ溜息を吐くと、話を続けた。

「今朝方、サンから電話があった。昨日袁紹の野郎が、自分の下に降伏しろと出向いて来たらしい」

「あの芸術家が?」

「更に、その時アイツから普段と違うただならねぇ感じがしたと少し警戒混じりに言うもんだからよ、一度この目で確かめに赴く。場合によっちゃ、あの芸術野郎とおっぱじめる羽目になるがな」

「オレは構わねーぜ。何せ今の休息時間をぶっ壊されたくねーしよ。
酒だってゆっくり飲めねーだろ?」

「確かにそうだ」

最後の彼らしい台詞に劉備は笑うと、自分の傍に置いてあった双剣を手にした。
これから何が起こるかは判らない。だが、こんなにも頼もしい義兄弟達とならば何処へでも行ける。劉備は夜空に瞬く星を眺めながら穏やかに微笑むと、前方の暗闇に溶け込む山々を見つめた。
ふと、暗闇に夜空の星とは違う輝きを放つ淡い光が一つ見え、劉備はちらりと横目で張飛を見た。彼も何かを感じとったのか、武器の蛇矛を構え辺りを警戒しながら劉備の前に立つ。そして徐々に数を増す光をジッと睨みつけた。

「玄徳兄貴、ここは一旦逃げようぜ。この気配と威圧感、呂布の野郎と同じだが、不気味な悪意まで混ざってやがる。ま、兄貴ならする事は一つだろ?」

「あぁ。先日の暴君討伐戦で俺等の仲間は疲弊している、ましてやこの街の民達を危ない状況に陥れたくはねぇ。翼徳、少しの間時間稼ぎを頼む。俺は一刻も早く民達を連れてこの場から離れる」

「よっしゃ、任せろ玄徳兄貴!」

張飛はニカリと笑うと、蛇矛を頭上から思い切り地に突き刺した。すると前方の大地が大きく振動し、張飛が蛇矛を引き抜いて一歩後方へ飛び去る。瞬間、全てを阻むかの様な巨大な壁が出来上がっていった。


キィィィイイイイ!!!!


壁の向こう側で、様々な乗物が次々と急停止をかける激しい音が響く。先程感じた威圧感もこの場から幾らか後方で止まった様だ。

「(玄徳兄貴……早く終わらせてくれよ)」

張飛は心の中で呟くと、壁の向こう側にいるであろう強大な敵を睨み付け、汗が滲む手で蛇矛を握り締めた。





「お前等!呑気に寝てる場合じゃねぇ!さっさと起きろゴラッ!!」

突然の地を一気に駆け抜けるかの様な劉備の怒鳴り声に、宿屋に用意された広い一室で眠っていた彼の部下達は、一体何事かと皆飛び起きる。そして素早く武器を携えると、劉備の前に座って彼のただならぬ表情を見つめ、皆生唾を飲み込んだ。

「いいかテメェ等、一刻も早くこの場から民達を連れて安全な場所へ避難するぞ。今、翼徳が止めてる敵は異様なものだ。絶対ェ、誰一人として死者を出すな。分かったら行動に移れ!民達に暴力は出すんじゃねぇぞ!」

「「「へい!!!!」」」

部下達は一斉に立ち上がると、一気に宿屋の外へと飛び出し散り散りになって民家へと向かった。劉備も続けて飛び出す。
時間は無い。
劉備は顔に焦りの色を滲ませ、眩い閃光の如く走り出した。
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