御堂要
□darling! darling!
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「はい、出来た。」
「ありがとう。」
要さんと結婚して、西園寺家を出て1年。
西園寺家に“出勤”する要さんに、選んだネクタイを結ぶのが毎朝の習慣になった。
令嬢として家にいた頃は、メイクも髪の毛から全て要さんがやってくれて、
今自分がこうしてしてあげれる立場になれたことが、御堂家に入れて貰えたようで凄く嬉しくなる。
これで“奥さん”ってかしこまった言葉を『うちの嫁さんが…』って言ってくれたら最高なんだけどな…。
旦那さんの職業:財閥家の執事
……失業してまうよ…。
スーツを羽織りながら、不思議そうにこっちを見る要さんに
フランキーな嫁でごめんね…とこっそりため息をついて、私は要さんを玄関まで送るのだった。
《darling! darling!》
「2人で一緒に住めるのは嬉しいけど、西園寺にいた方が一緒にいれる時間は長かったんだね〜。」
以前食卓で言ったことがある言葉。
綺麗にお魚を食べていた要さんは、困ったように笑った。
「**のいない屋敷に行くのも、淋しいもんだよ。」
2人で得たはずの、結婚という形。
それまでは早く令嬢と執事という関係から脱したくて、窮屈な思いを
そしてやっと求めていた関係を得れたら、今度は以前の2人を羨ましく感じるなんて。
求める幸せの形って変わるものだと笑ってしまう。
「いってらっしゃい。気を付けてね。」
「いってきます。早く戻るよ。」
いつも通りの言葉を交わして、その扉は閉められた。
「要くん、ここにいたんですか。」
開いた扉の中をのぞき込めば、掃除に来ていただろう要くんの姿。
こちらの呼びかけに、手にした写真立てを机に置いて振り向いた彼。
**さんと結婚してから、少し肩の力が抜けたようにその表情は柔和になった。
「ここは変わらないはずなのに、なんだか懐かしいな。」
「そうだな…。」
結婚後西園寺家を出た**さんの部屋は、お父さんの意向もあってそのままにされている。
主を無くしたこの部屋は、要くんが掃除で入ること以外静かになった。
「時に要くん、過去の書類が出てこなくて柊さんが難航しているようなんですが。」
「かしこまりました。すぐ向かいます。」
感慨耽る時間もなくせかすのを悪いと思いながらも、ひとり必死に探している柊さんを思うとここは急いで貰うしかないだろう。
執事の受け答えに戻った要くんが扉に手を掛けたところで、そういえばと再度彼の名前を呼んだ。
「あぁ、要くん。今日時間はどうだろう。久しぶりに呑みに行かないか??」
要くんとは、**さんとの結婚式前夜に2人で呑んだきり。
久しぶりに妹の話でも聞きたいと誘ってみると、少しキョトンした彼は、ふっと笑ってこう答えた。
「妻が待っておりますので。」
【fin.】
'11.06.12 KAHIME.