柊 薫
□04:体温 『好きな人との4つのお題より』
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日もすっかり落ちていて、昼には見せない夜の世界が広がる
隣でヒーラギは、車窓のサンに肘を立てて手首に頭を軽くのせていた。
時々すれ違う対向車のライトに浮かび上がる彼の視線は、どこか遠くを見てるように進む先に投げかけている。
その仕草がしっとりとした闇夜にやけに合っていた。
《04:体温》
普段は沈黙が続いても自然体でいられたのに、今日は会話のなさが密室に2人だけという事を実感させる。
どれだけそのまま走らせていたのか、車は最後に行きたかったカジュアルなレストランに辿り着いた。
ところどころの照明に、艶やかに照らされる植木
そのあたたかさにホッとして、車を入れる為に今まで緊張で微動だに出来なかった頭をバックミラーへと上げた。
いつもは話しかけてる私が大人しかったからか、はたまた視線に気付いたのか、ミラー越しにバチっと合った目と目。
ドキンッと高鳴った心臓にリバースに入れるギアを持つ手が思わず震えた。
落ち着け…落ち着け……
車庫入れは得意なんだから…
頭ではそう思っていても見られてる感覚に体は固まって、徐々に動く車でも明らかに切り方の足りないハンドル。
……もうダメだ、1度ブレーキ…
と思ったその時
横から伸びてきた、よく知った私の好きな大きな手…
その角張った手が、私の手を覆い包むようゆっくりと優しく触れて、ハンドルが動いた。
彼の 体温が伝わる…
触れられている彼の手は少しだけ冷たかったけど、反比例して私の手は火照り始める。
微動だに出来ないまま視界の先で捉えれば、バックを見ながら振り返っている真剣な顔。
あれだ…、女の子がドキドキする仕草で上位に入るやつだ。
その定番な所作に自分が見惚れるなんてもの凄く癪なんだけど、現に私の頬は熱くなって、吐く息も心なしか熱くなる。
そんな私の手を包んだまま、ハンドルは何度か傾いて車は綺麗にスペースへと静かに止まった。
止まったタイヤを確認してふっと離れていく温度。
私はと言うとどうにも意識をしてしまって、動けずにとりあえずブレーキを踏んでエンジンを切る。
ずっと鳴っていたエンジンが途切れた時、車内はシン…と音を無くした。
それと同時に自分の肩からも力が抜けて、ふぅ…っと息が吐けた頃感情にようやく神経が通い始めた。
自分の得意分野で手直しされたのが無性に悔しい…
ホントはありがとうって素直に可愛く言いたいのに、結局口を出た言葉は『…おみごと。』の片意地張った一言だった。
そんな私を見て、ヒーラギはクっと優しく笑って 頭をコツン…。
言えなかった「ありがとう」を受け取ってくれたかのように、
「分かってるから安心しろ」とでも言うように。
そのままドアを開け降りていく彼につられて、私も慌てて鍵を抜いて外へと出た時
車内では分からない程の粉雪が、ふわっと風に乗って舞っていた。
夜空の漆黒に溶けていくような景色に思わず見とれる私の隣で、同じように佇んで見上げてるヒーラギ。
少し離れた店からの照明に照らされた横顔は、表情の変化が分かりにくい彼の口角を少しだけ上げていた。
吐く白い息越しに見る雪を、綺麗だねぇ…とも、寒いな…とも言わず、ただ2人で同じものを見ていられる幸せ。
ほっぺたが少しピリッとし始めた頃、遠くでカランコロンと聞こえるドアベルの音。
お店からお客さんが出てきたんだ…と歩き出そうとしたところに差し出されたヒーラギの手。
「寒い日は手を繋ぐんだろ??」
いつかだったか自分が言ったその言葉。
そっと繋いだその手はやっぱり冷たかった。
けれど、昔の人はよく言った。
「手の冷たい人の心は、本当はあったかいんだよ」って。
【fin.】
10.12.31 KAHIME.