柊 薫

□そばにいてやるから…。
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「何してるんだ、お前…。」



買い物袋を下げて訪ねてきたヒーラギは、かなり、そこはかとなく、明らかに、………怒っていた。













《側にいてやるから…。》













2月5日、晴天。



一段と冷え込んだ外気とは裏腹に、私の体は熱にうなされていた。




それでも頑張ってウォンウォンかけていた掃除機。


前屈み45度の姿勢で吸い付くカーペットと格闘していたところでいきなり消えた吸い込む音。




なに…?反抗期…??



と、実は茹だってたかもしんない脳みそで掃除機に語りかけようと覆い被さったところで、聞こえたのは冒頭第
一声。



若干おかしいポーズでのろりと振り向けば、さっきまでコンセントと繋がっていただろう掃除機のコードを手に
真面目に怒っている彼の姿があった…。






なんてゆーのか……………
怖いの一言。












「…熱、あるんじゃなかったのか?」




心なしか…という曖昧カワイイ表現が出来ないほど、耳の遠い人が聞いても分かるだろう、ドスが利いてる低い
声。




「………ございます…。」




「で?なにやってたんだ??」




見れば分かる事をなんで聞くかな……。



本来ならため息でも出る質問なのに、限りなく気持ちはダークネス。



大魔王が復活したんです!とアナウンサーがパラレルな事を叫んでいても、あぁ〜…、なるほど…。と納得して
しまう程の悪寒。



なぜなら魔王は目の前に居るからだ。



その名もヒーラギ。



彼は今私に恐怖と悪寒を振り撒く優勝決定戦で、チャンピオンの座をもぎ取れる魔王…!










「掃除機を、かけてました…。」



意を決して告げた私に、1番聞きたくなかった怒鳴り声が響いた…。



「病人が何やってんだっ!!!」





あぁ…、大寒波到来…(涙)

















はぎ取られたエプロンに、着せられたパジャマ。
バチン!と貼られたデコの冷えピタ…。




ぶくぶくに着込まされた"これぞ病人ルック!"と言わんばっかの伝統ある正装で、私は体温計の鳴る音を待って
いた。




キッチンでヒーラギが何か作ってる。……だろう後ろ姿だけは見える。




長身な男性がエプロンすると、様になるよなぁ…。




ぼーっとする頭でそんな事を考えるも、ピピピという電子音がそれを中断させた。









「何度だ?」



「えっと……。8度9分。」



「……よくもそれで動けたもんだ。」





ム!!!





心底呆れかえった語尾の言い方とか漏れる息とか…、ちょっとムっとくるんですけどぉ???






心配かけたのはいかん。それは謝る!心の中で。



でも、寝てばっかいられないって状況も分かってくれてもいいんじゃなぁぁぁい??



あーた!執事でしょーが!







むっつりふくれっ面で下を向いてた私を見て、大体のことは分かったのか大きな手がポムっと頭に乗った。



「いいから寝てろ…。」



小さい子が失敗したときに、"もういいから。"と大人が言う時と似てる口調。



それでもやっぱり呆れてる…。



ム…!!!















ふて腐れついでに、
"寝るのヤダ。寂しい。つまらん。眠くない。"
と駄々を捏ねた私に、結局ヒーラギは手を引
いて私を寝室まで連れてきてくれた。



小学校の先生が、"ぐずる生徒を連れてきた。"と言うより、なんかこう、何かやらかして"連行された。"みたい
なんですけど、私…。













ぼふん。と掛けられた布団の風で勢いよく前髪が浮いて、思わず目を閉じる。




こうゆうの、されるのは久しぶりかも…。




子供時代を思い出して天井を見上げるも、幼少期見上げていた視界とは違う。




「家のことはやっとくから、お前は寝てろ…。」



そう言い残すと襖を開け出ていこうとする後ろ姿に、思わず出たのは"あのさ…。"という言葉。





「……何だ?」



ご丁寧にも怪訝な顔で振り向いてくれた彼に、来い来い。と手招きをする。




布団の側に来てくれたそのパンツの裾を、ちょんと引っ張って座るよう促すと、訝しげな表情ながらもヒーラギ
は屈んでくれた。







「何だ…?」



さっきと同じ言葉でも、ちょっとだけ温度は違う気がする。



いや…、諦めたのかもしれんけど…。









「寂しいんだよ…。病人の時って結構さ。」



普段なら言えない言葉も、気が弱い時だからかするりと紡げた。



彼も意外そうな顔をしてる。




「だから、寝るからさ。眠るまで、そばにいてよ…。」



いつもはしないように気を付けてるけど、今きっと私上目遣いだ。



しばらく黙って見下ろしてた彼も、ひとつ静かに



「わかった…。」



と腰をおろした。



















………あれ…??…いま何時だろ…??



ゆっくりと覚醒する意識の中重い瞼をあげてくと、想像してたより暗くない部屋の中。



たぶんこの明るさは3時か4時くらいだ。




まだ残ってる薬のせいか寝起きのためか、ぼー…っとするも右手にはあたたい感覚…。




のっそりと頭を動かすと、そこにあったのはヒーラギの手。




畳に長い足を投げ出して、文庫本に視線を落としたままの左手だけは、私の右手の上に覆い被さってる。




私の手のが下にあるから、ちょっとだけ痺れるんだけどサ…。



不器用な彼は、執事で携わるような女性のエスコート以外では、恋愛での女性の扱い方を知らない。



でも、そんな彼が繋いでくれてた手は、私の心をあたためるのには充分だった…。






嬉しさが自分から声をかけるのが気恥ずかしさせて、わざと身じろぎすると横顔しか見せなかったその顔が動い
た。




「起きたのか…?」



「うん…。」



「体は…?」



「…だいぶいい。」



「…よかったな。」



「うん…。」




自然と途切れた会話にしばらく落ちる沈黙。




「何か欲しいもの、あるか…?」



病人の時にはよくかけてもらう言葉。





欲しいもの…………。


別にお腹空いてないしな…。


ポカリでも貰おうかな…。





あ…、でもあった……。


すごく欲しいもの。




いつもなら口が裂けても言わないけども、今日の私は熱でおかしくなってるんだ。



この際に乗じて言ってしまおう。



返事を待ってる彼に、私はもぞもぞと告げた。













「あのさ…。」



「ん…?」



「熱が下がってからでいーんだけど…。」



「…あぁ。」



「元気になったら…、ヒーラギからのキスが欲しいな…。」













【fin.】

'10.02.05 KAHIME.

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