雅季

□夏の日の物語
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懐かしい、夢を見た…。












ミーンミーンと鳴く 蝉の声。

少し静かな 夏休みの朝。



そんなある日

いつもは被らない帽子と、こっそり入れた水筒とリュックを背負って
僕は自分の足で、初めて西園寺の敷地の外に出たんだ。














――――――――――――


いつもなら車で走り抜ける並木通り。


深く生い茂った緑の街路樹を見上げ、

葉っぱの緑と こぼれる太陽の光で広がる光景が、
読んでいる童話の世界と重なって

小さな感動を覚えた。



思えば特別なことではなかったのに、
この日の僕には、自分でいろんな発見にめぐり合えることが

嬉しくて仕方がなかったんだ。











自分の足で、行きたい方向に歩いて回る。


知らない小学校や、公園にも足を向けた。


夏休みだというのに、
自分達の育てている植物に水をあげ、そのまま水遊びに興じる同年代の子たち。


公園で、みんな揃いも揃って黄色い帽子を被り
走り回ったり、蝉取りをする子たち。


特に水風船をぶつけ合って遊ぶ姿は
不思議な光景だったけど、

それでも楽しそうにじゃれあっている笑顔と声は
なんだか少しだけ、羨ましいような気がした…。











公園の隅で、どのくらいそんな情景を見ていただろう…。


普段目にすることのないその場面は、飽きることがなく、
時間の流れを気にすることもなかった。





ぼんやりしてる、そんなとき、
少し離れた場所から“ご飯よ〜!”と言う声が聞こえて、
公園にいるうちの数人が返事をして駆け寄った。



まずい…!もしかしなくても探してる…っ!



誰にも言わずに外に出てきた。


敷地内に僕がいないと分かったら、
ちょっとした騒ぎになるかもしれない…。


お父さんとお母さんと要さんと修一兄さんの怒った顔が一斉に浮かんで、
僕はすぐさまきびすを返した。





大通りと比べて道は狭めだけど、
信号でとまることはない。


だいたいの方向を目印に、
僕は一目散に走った。












どのくらい走っただろう。


さすがにすぐには辿り着ける距離ではなくて、
途中で民家の塀に手を着いて息を整えた。




そして、また駆け出そうとした僕に、
初めてそのとき、誰かの泣き声が届いたんだ。





自分の上がった息で聞こえなかったのか、
それは途切れ途切れの小さな泣き声だった。



時折何かを言っているようなその声に
僕は呼ばれるように足を向けていた。










そこにいたのは、自分と同じくらいの年の子で、
道に座り込んで泣いていた。

とはいっても、車も通らないような場所だったから、
誰が気付くでもなかったんだろう。




「どうしたの…??」


僕はその子の近くまで行き、かがんで顔を覗き込んだ。


それでもその子は泣き止むことがなくて、
しばらくは僕が一方的に質問していたんだと思う。




「ねぇ…、キミこのあたりの子??…なんさい??」


このとき、ようやく小さい5本の指が、僕に向かって差し出された。


「…あぁ、5さいってこと??」


そう聞き返すと、まだしゃくり上げながら、コクリと頷いた。


「なんだ。じゃあ、ぼくといっしょだね。」



するとその子は、初めて顔を上げて僕の顔を見た。




「まいごっ…に、なっっ…ちゃ、た…っ。
お、うち…っ!…わかっ…ない…っ。」


困ったな、まいごか…。
ぼくもこのへん、よくわからないしなぁ…。



とりあえず、ここでこうしていても仕方ない。


「ねぇ、おうちのでんわばんごう分かる??
おかあさんにむかえに来てもらおうか。」


「おかあさん…、きょう、おうちにいないもん…。」


「じゃあ、おとうさんは…??」


「おとうさんも、おしごとだもん…。」


「ん〜……、そっか…。」



それ以上、言葉が続けられなくて
どうしたものかとしばらく迷ってたとき、
その子が僕のリュックをじっと見ているのに気付いた。



「どうしたの??」


「きれー…。」


「どれ??」


「おしろ。」


「おしろ…??」


そんなもの、つけてたかなぁ…??


僕はリュックを外して前に置いた。


「これっ!」


「あぁ、これか…。」


それは、しばらく前
父さんが仕事でフランスに行ったとき買ってきた
エッフェル塔のキーホルダーだった。




「これはおしろじゃなくて、エッフェル塔だよ。」


「てってる…??」


「えっ・ふぇる・とー。」


「えっ・ふぇる・とー…。」


「そう。」



僕の言葉をそのまま繰り返すその子が、少しくすぐったくて、
思わず顔がほころんでしまう。



その子は僕を見てしばらくキョトンとして…、

それから、ふんわりと笑った。




いつの間にか、泣くのも忘れてしまっている。



「えっふぇる・とー…、きれーだねっ!」


その子が笑顔で言うものだから、
僕もキーホルダーに視線を落とした。


「うん、きれいな塔だよ。」


「みたことある??」


「ぼくはしゃしんで見ただけだけどね。

この塔はすごく高いんだけど、
昼と夜とじゃ、高さがかわるんだ。」



「そうなの…っ??」


「うん。太陽のねつで、昼は長くて 夜は短くなるんだ。」


「すごーいっ!!!いってみたいっ!!!」

「そうだね…。
僕の父さんと母さんも結婚したとき行ったって言ってた。」


「けっこん??」


「うん、けっこん。」


するとその子は少し考え込んで、



「じゃー、わたしがおよめさんになってあげるっ!
そうしたら いっしょに行けるでしょっ??」
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