蒼眼のシリウス

□PROLOGUE
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―――――――――――


「お母さん、おなかすいた」

繋いでいる手を大きく揺すりながら、子供は母親の顔を見つめた。
母親は、視線を幼い子供に落とす。
「もう少しだからね、もう少しで着くからね……」
微笑もうとした。
子供を不安にさせてはいけない。
だから、精一杯微笑もうとした。

「うん………」

子供は小さく頷くと、母親の手を揺するのをやめた。
………微笑めただろうか。
自分の顔は、やさしい微笑を作り出すことができただろうか。
子供に少しでも、安心感を与えることができただろうか。
泣きそうになる気持ちを、必死に抑えた。


「お父さん、ぼくたち、どこに行くの?」

しばらくして、子供は、自分の少し前を歩く父親に話しかけた。
「………」
何も答えてくれない。
こちらを向いてくれもしない。
子供は、少し怖くなった。

無理に笑おうとする、母親。
ただ無言で歩き続ける、父親。

そして、そんな2人に導かれるまま、ただ黙ってついて行く、自分。





「家を出よう」


それは、早朝のこと。
目を覚ますと、突然父親からそう言われた。
理由はわからなかったけれど、「うん」と返事をした。
寝起きの状態での状況判断は難しかったのだ。
それに、「うん」という返事をしなければ、何かが壊れてしまうような気がした。

家を出る前、父親はズボンのポケットの中に2つ、小さなビンを入れた。
透明な液体の入ったビンを、2つ。
それだけ。
父親の持ち物は、それだけだった。
少なくとも、出発前に子供が見た限りでは。




日もすっかり昇りきった頃。
3人は森の入り口に立っていた。


そして、父親も母親も、何も言わずに
ただ前だけを見つめて

足を、踏み出した。





森の奥深く。
獣道の上を、草を掻き分けながらひたすら進んでいく。
前へ。
前へ。
空を見上げても、見えるのは木々の深緑色と
葉と葉の間にちらつく白い光だけ。
もう、二度と戻れないような。
もう、二度と抜け出せないような。
そんな、恐ろしい感覚。
この道は、どこまで続いているのだろう。
終わりは、あるのだろうか。

しかし、少しだけ幸せを感じた。

大好きな両親と、自分。
今、ここにいるのは3人だけ。
3人だけの世界。
存在するのは、3つの命だけ。
消えていくことも、失われていくことも無い、止まった時間の中で。
繋いだ手から伝わってくる、母親のぬくもり。

うれしい。
ずっと、ずっと、このまま3人で歩いていたい。
終わることの無い、この道を。
どこまでも続いていく、この道を。


恐ろしさと、幸せと。
矛盾した感情が。

泣きそうになる心を、必死に満たそうとしていた。
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