蒼眼のシリウス

□PROLOGUE
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「おなかがすく」というのは、ほんの少しの間の「苦しみ」。
時間が過ぎれば、何も感じなくなる。
しかし、「苦しみ」とは、決して尽きることの無い感情。
望んでもいないのに、新しい「苦しみ」が自分に襲い掛かってくる。


…………もう、何十分歩いているのだろう。
時計なんて持っていないから、確かめようが無い。

一歩を踏み出す度に、足に痛みを感じる。

「足が痛い」

たったそれだけのこと。
たったそれだけの我儘を、言うことができなかった。
母親の無理して微笑む姿を、見たくなかったのだ。
それに、きっとまた
「もう少しだからね、もう少しで着くからね……」
と返されるに決まっている。
疲れているのは、自分だけではない。
父も母も、同じように疲れているに違いないのだ。
「もう少し」というのは、子供を慰めるためだけに言った言葉ではない。
母親は、そう自分に言い聞かせて、自分自身を元気付けていた。

泣きそうになるのを、何度も抑えながら。





「外に出るぞ」

父親の声が聞こえ、顔を上に上げる。

少し先に見える、この道の終わり。
眩しくて直視できない、真っ白な光。

子供は、この森に足を踏み入れてから、初めて笑顔になった。
そして、ふと母親の顔を見上げてみる。

母親も、笑っていた。
作られた笑顔ではなく、心からの微笑み。


それを見て、子供の「矛盾した感情」から「恐ろしさ」というものが消え去っていく。


出られる。外に。
この森の外には、何があるのだろう。
この森から出て、何をするのだろう。
子供特有の好奇心で
気持ちが高ぶった。

目の前の真っ白な光が、大きくなっていく。
確実に、出口に近づいている。

ここから出たら、美味しいものをたくさん食べて。
大好きな両親とたくさん遊んで。
そして、また3人で仲良く暮らしていける。

そうだ、これは「引越し」だったんだ。
きっと、森の向こう側に新しい家を建てるに違いない。

「せんそう」の無い世界で、ずっと、ずっと。
皆で、一緒に暮らしていく。

想像を膨らませながら。
子供は幸せそうだった。
何も知らずに、ただ純粋に喜んでいた。

この先に、何が待っているのかも知らずに。

ただ、「楽しい未来」を思い描いていた。
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