有罪歯車 -日記log-

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HOLY ORDERS -現在-




「カイ。起きてよー」

愛しい声が響き渡る。とても静かに、それでいてしっかりと、その声は耳に届いた。
重たい瞼を無理矢理開いてみれば、ぼやけてはっきりしない眩しい朝日の中、愛らしい寝間着姿の彼女がこれまたぼんやりと視界の真ん中に映り込んだ。


目が覚めて、こうして彼女の姿を見る事が出来るのは、とても幸福だと思う。
今となっては当たり前の事だが、昔の自分には到底考えられない事だった。

「おはよー、カイ。
 …って、なんでまた目を閉じちゃうかなぁ」

上がる不満の声も、先と同様に響き渡る。目を閉じたのは、眩しさに目が痛かったから。まだ眠たかったから。それと、もうひとつ。

「いくらお休みだからって……。
 ねえ、カイっ。起きてーカイー」

何度も名を呼びながら、温かな彼女の手が身体に触れてくれるからだ。些か強く揺すられはするのだけれど、慣れてしまった身からすれば、どうという事も無い。

少しだけ。あと少しだけでいい。こうして彼女を独占していたい。――こんな事をしなくとも、二人暮らし故独占は容易い。しかしやはり、それ以外にも今は "眠気" もあった。揺れのお蔭で、消えかけの。

「……。そんなにお布団が好きなの?
 だったら寝てていいよっ。私一人でお買い物に行ってくるからっ」

……。ああ、そうだった。今日は一日中デートの予定だった。忘れていた、と言うよりは、今現在の幸福の陰に隠れていたそれを思い出し、内心慌てた。
彼女の手が身体から離れて、それは表に現れる事となった。眠気なんて、あっという間にさよならしていた。

「きゃぅっ!?」

伸ばした手で、彼女の腰を引き寄せた。腕を掴むつもりで伸ばしたのだけれど、少しばかり行き過ぎた様だ。
上には倒れた彼女の重み。これはこれで中々いい。なんて呑気に構えて目を開けば、再び視界に愛しい姿。…顰めっ面だ。だから何とか言葉を探す。

「お、お布団…気持ちが良いですよ?」

この場合、まるで役に立ちそうも無い言葉が出た。沈黙と、彼女の視線が痛い。
沈黙を破ったのは、彼女の手が布団を控え目にぼふっと叩く音だ。

「ほんと? …私も入ろうかな」

それは意外な反応。てっきり機嫌を損ねると思ったのだけれど、彼女は羨む様な声色でぽつりと溢して動きを見せる。
ごそごそと、此方の意見など訊かずに入り込もうとし始めたのだ。勿論、止めない。そんな事したら、それこそ彼女の機嫌を損ねてしまうだろう。

「……ぁ、本当だ。幸せ」

揺すられている時よりも、ずっと近く。今こそ、彼女の全てを独占すべき。
そのまま腕へと閉じ込めれば、彼女の小さな笑い声。

「あと少しだけ、だからね?
 ちゃんとお買い物に行こうね?」

温かで、柔らかな彼女の声と感触に、幸福は強まるばかりだ。瞼を閉じれば、心地好さは、より増す。

そう。"あと少し" だけでいい。
彼女の温もりを抱いたまま、戻り始めた睡魔に身を預けて……。









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10/05/19


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