03/31の日記

08:24
言葉
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先日、皆様のおかげで第11回公演「ギンノミチ」は無事千秋楽を迎えることが出来ました。
本当にありがとうございました!

片付けも終わり死んだように眠り続けた日々を経て昨日舞台を観に行きました。

若い人たち、10代20代前半の人達が中心の舞台でした。

みなさん、一生懸命演じていられました。役になりきろうと、その役に入り込み役の感情を表現しようと一生懸命演じていられました

その点は観ていて好感が持てました。ただ…

感情が入りすぎて言葉を飲み込んでしまう人がいたことが残念でなりませんでした。

言葉を飲む…簡単にいうと台詞の頭や語尾が感情に負けて消えてしまうことです

簡単な例をあげるとするなら…

「愛おしい」この言葉を感情に負けて飲み込んで頭の音と語尾が消えてしまうと…

「いとおしい」…「とおし」

「遠し」

意味合いが変わってきますよね

相手のことが好きだという気持ちを表す言葉が相手との距離感を感じている言葉に変わってしまう

感情が入っている分だけ違和感がなくなり観客にすんなり入ってしまうとその役の見え方が変わってしまう

もっというと「遠し」だとまだ意味が通じますが「通し」とか「透し」というふうにとられてしまったら…可能性は0ではありません

何故なら当然ですが観客は台本を知らない…つまりどんな文字がそこにあるのかを知らないわけですから…

これは役者としてなかなか辛いことですよね

だって役者ってその役になりきることが仕事ではなく、その役になりきることで作品を観客に伝えることが仕事なんだから…

もちろん、なんでもかんでもしっかりはっきり言えばいいというものではありません。それでは感情なんて伝わってこないから…

役になりきり感情移入して、でも言葉を正確に伝える

難しい…難しいですよね
この難問を解決する方法の一つは役者一人一人が台本を知らない観客に言葉を伝える意識を持つこと

まずはここからスタート!
私はそう考えています

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