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□青い携帯
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「あー、こんなの撮ったっけ」
小さな長方形の中には俺と千昭が肩を並べて笑っていた。
千昭は制服のポケットに両手を入れ大口をあけて笑っている。
「馬っ鹿づらだなぁ」
揃いの携帯を買った時に、真琴が試し撮りをしたがって、あとで俺たち二人に転送してくれたのだ。
「あたし白いのが良い!」
「俺は赤いやつかな」
「じゃあ俺は青かい」
残り物には福があるっていうしな、とそれぞれが持つ色はあっさりと決まった。
「ねえ写メ撮ってみようよー」
「えっ俺は、」
「良いじゃん。ほら千昭もあっち向けって」
「……?あれえ〜?」
「どうしたよ」
「押しても写メの画面にならないんだけど」
「押しても…ってお前電源入ってねえじゃねえか」
「ははははっ真琴に携帯、豚に真珠な」
-カシャァッリ
「なっ」
「へへ〜ん。真琴様をなめないでよね。二人にも送信!」
「おお良く撮れてる。な?」
「…ん。なあ」
「なに?」
「なんだ?」
-カシャァッリ
「ああ〜!!!!」
「お返し。おー間抜けな顔」
なんつってニヤニヤふざけて。
どうして素直に真琴の写メが欲しかったって言えないんだアイツは。
フラッシュで半目になった真琴と、口を開きかけ止まっている俺が。
千昭の赤い携帯の中には、まだ残っているだろうか。
今はもう、電波の届かない所に行ってしまったから、聞くことは叶わないけれど。
千昭が目の前からいなくなって、もう簡単に会うことも出来ないと考えると、
大きい穴がぽかんと開いてそのままなのだと感じる。
たった数ヶ月なんて時間を感じさせないほど、あいつは俺たちに馴染んでいた。
唐突に留学したと聞いた。
そのあといくら手をつくしても千昭への連絡先は分からなかった。
住んでいたはずの住所にいけば、誰も近所の人間は間宮千昭という人間を知らないと言う。
一番可能性のある男に聞いてみたけれども忘れたと首をひねり、どっか外国だ、との適当なお言葉だった。
(担任のくせに知らないってどういうことだよ…)
頭を抱えた俺に、真琴はけろっとした顔をして「きっと元気にやってるよ」としか言わなかった。
千昭から何かを聞いていたのかも知れないが、いつ戻ってくるとも何処に行ったとも、何も言わない。
寂しいとすら、真琴は零さなかった。
問い詰めたい気持ちは山々だった。
(それをしなかったのは、決定的な一言を聞くのが恐ろしかったからだ)
なぜか、千昭がもう戻ってこないような気がして、俺はそんな自分に苦笑した。
それからすぐ。
まだ混乱を引きずる俺と驚くほど対照的に、真琴は将来の夢に向かって着実に歩み始めた。
何かをふっきるように、どこか遠くを見つめる瞳。
前をまっすぐ見詰める凛とした彼女の横顔が、いつかの千昭の横顔とかぶる。
いつか少年が見ていた先と、いま少女が見ている先は同じなのだと、なんとなくそれで理解した。
(だけどきっと。俺の知らないところでたくさん泣いたんだ)
液晶に映る懐かしい顔に向かい、もう“懐かしい”という気持ちになるほど時が流れていたことに改めて愕然としながら、俺はなんともいえない顔をした。
「お前、今どこにいんだよ」
-さっさと会いに来い
俺に何も言わなかったことも真琴を泣かしたことも
一発ぶん殴ってチャラにしてやるから
お前がいないと張り合いがないんだ
正直、ちょっと参ってる
俺は、結構寂しいよ。千昭
津田拝
「送信、と」
親指でボタンを押した。
すぐにあて先不明のメールが届き、わかりきっていたのにどこか期待していた自分にため息をつく。
「役立たずな携帯だ…なあ」
ふっと笑って、俺は携帯を閉じた。
青い携帯