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□082 空耳じゃない
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「ちーあきっ、おはよ〜」
早朝の美しい光がななめに差し込む道。
自転車を高速で走っていた真琴は、
シャカシャカと大きなヘッドホンを聞いている背中を見つけて隣に並んだ。
「よっ。相変わらず遅刻ぎりぎりだな」
「千昭には言われたくありまっせ〜ん」
「言ったなこの!」
「おっさきー」
笑って真琴は自転車のスピードを上げた。
そろそろ本気で走らないと遅刻してしまう。
「なあー!」
追いかけてくる後ろから声がかかった。
聞き返すために真琴も大きな声で答える。
「なによー?」
「今、俺の名前呼んだ?」
「なっ悪い!?」
(だって昨日あたしのこと名前で呼んだくせに)
昨日の夕方まで真琴は苗字で呼ばれていた。
別れの挨拶とともに、ふいうちで呼ばれた苗字じゃない名前。
功介と真琴は思わず顔を見合わせてしまったけれど。
その日一日中、なぜか頭がふわふわして何度も頭の中で「真琴」って呼んだ声を繰り返し思い出していた。
お風呂の中で、そうだあたしも千昭って呼ぼう!、そう決めて一人でほくそえんだ。
我ながらすごくいい考えだと思った。
(思ったのに、何よ。空耳だったの?)
ちょっとしょんぼりした真琴を、今度は千昭が追い抜く形で振り返った。
真琴の一番好きな、たまに見せるとっておきの笑顔を振りまいて。
「悪くないよ。置いてくぞ、…真琴」
ちょっと口を尖らせた千昭が嬉しそうに言った。
「あ、待ってよー!!」
今度こそはっきりと聞こえた自分の名前。
(なんでかな。千昭に呼ばれるとなんだか自分の名前が特別に聞こえるのは)
声は良いけど、歌はあんまり上手くないし(しかも英語歌詞ばっかり歌う)、
真琴のことを下の名前で呼ぶ人は千昭だけじゃない。
きっと千昭は自分と功介しか名前で呼ばないからだ、と真琴は結論付けた。
これからはいっぱい名前を呼んでもらって、
あたしもいっぱい呼んでやろう。
そう思いながらペダルを蹴る足に力を込めた。
二つの自転車は仲良く並んで駆けていく。
082 空耳じゃない