神様と遊ぶ。

□ちぐはぐ二人三脚。
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 とあるマンションの一室にて。
「うっげ何この匂い!ぐっざっい!」
 桜市子は、パートナーの一張羅と朝から格闘していた。

ちぐはぐ二人三脚。

「うわああああ何なのよこのオーバーオール……もうこれ一種の災害だわ」
 気温は低いがカラッと晴れた休日。市子はクローゼットの中の同居人を問答無用でひん剥いた。
 最初相手は「やっだーもう市子ちゃんったらー!夜這いですかー?あ、朝だから朝這いですかねー?」などトンチンカンな事をのたまっていたが、市子は無言で相手の服を剥ぎ取る作業に没頭した。
 途中「嫌だ」だの「やめて」だの、鼻を啜るような音が聞こえた気がしなかったでもない市子だったが、本当にもう我慢の限界だった。数カ月前に無理やり身体を洗ってやった際、ついでに洗ってやればよかった、と思うのも後の祭り。あれよあれよという間に日が経ち、現在まで至っていた。見るからにくすんでしまっている朱色。それどころか端々は黒ずんでしまっているし、異臭さえ漂ってくる始末。こうやって本日無事剥ぎ取ることに成功し、浄化作業を行おうとしているのだが。
 余分なホコリを取るために、市子は鼻栓をしながら手に持っていたオーバーオールを勢い良く叩きだした。しなびた何かの雑草。歪んだビンの王冠。噛んだガムを包んでいるであろう不自然に丸まった紙。出るわ、出るわ、塵芥の数々。
「……あいつポケットに何入れてんのよホント」
 子供じゃあるまいし、とひとりごちたところで硬質な金属音をたてて市子の足元に何かが落下した。屈んだ市子のが視線の先には、古ぼけた小さな鍵があった。
 鈍色で所々が錆びてしまっているうえに、どこかのお伽話にでてきそうな形状の鍵。その鍵を市子は不思議そうにつまみ上げた。
「何の鍵なんだろうコレ。アイツの家の鍵とか?」
 ゴミならば即座に捨てるのだが、流石に鍵のような貴重品を捨てるわけにもいかないだろう。と市子が脱衣所の扉を開けて自身の部屋へ向かおうとしたその時。
「いっ、いち、市子おおおおおおおお!」
「え、あ何な……おぉぉぉぉぉぉぉい!服はどうした服は!」
「そんなもんどうだっていいんですよ!」
「いいわけねーだろ!テメーは裸族か!つーか代わりの服置いてたでしょうが!」
「あなたが無理矢理やったんでしょうに!いや、いやいやいや!それよりもですね!」
 脱衣所に駆け込んできたのは『災害』と認定されてしまったオーバーオールの持ち主である貧乏神の紅葉(全裸)だった。彼女はひどく慌てた様子でその勢いを殺さぬまま市子に詰め寄った。
「鍵!鍵見ませんでしたか?!」
 鍵と。言われてれて市子は手のひらに収まっているそれを見た。今紅葉が探しているものの条件にぴったり当てはまるものだ。
「これのこと?」
 市子が紅葉の目の前に差し出すと、紅葉は目にも留まらぬ早さでかっ攫い、それが本物かどうか目を皿のようにして検分し始めた。その様子を市子は物珍しげに見ていた。普段から冷静沈着な彼女がここまで取り乱しているのがおかしく思えたからだ。しばらくして目当てのものだとわかったのか、安堵の息をついて大事そうに抱え込んだ。
「あったー……よかったぁぁぁぁぁ……!」
 普段なら見せないような柔和な表情で微笑む紅葉はここが雰囲気がある荘厳な場所であればさぞかし絵になったことだろう。しかしここは桜市子邸の脱衣所。ぶえっくし、という品のないくしゃみによって一気に現実に引き戻されることとなった。
「……さっぶ!」
「いやだから服着ろって」
「私の服、あなたが持って行ったじゃないですか!何なんですか、イキナリ部屋に無言で乗り込んできてあまつさえ着てるもの全部引っぺがすとか!」
「あんたの服いい加減匂ってきたからよ。あと何で若干逃げ腰なの?」
「ああいうことされて警戒心持たない馬鹿がどこにいますか!!言っときますけどね、私だって女ですよ?!ビビるに決まってるでしょう!」
 市子は首をかしげながら目の前の神様がビビっている理由を考えてみたが、とんと出てこない。自分は彼女に何をしただろうか。うんうんと考え続けてみたが、それは不恰好な空気を弾けさせる音――紅葉のくしゃみ――で中断させられた。
「はあ……部屋から服持ってくるから、これでもかぶっときなさい」
 市子は仕舞っていたなるべくふかふかしたバスタオルを取り出すと、両肩を抱いている紅葉に向けて放り投げた。紅葉はギプスを嵌めている右手で難なく掴み、器用にも右腕だけでそれを巻きつけた。その様子を見届けると、市子は足早に脱衣所から出て行った。
 遠ざかる足音に、紅葉は一種の郷愁を感じていた。誰かと同じ空間に住むのはいつぶりだろうか。そういえば、あの時も確かこんな寒い日だったな、と遠い記憶に思いを馳せてみる。
 それはそれは、寒さが押し迫るとても寒い日のことだった。
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