神様と遊ぶ。

□吉日厄日。
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そこまで一息に言い放って、私は膝に手をついて一度だけ深呼吸をした。大声で捲したてたせいか何だか視界がグラグラする。
ふっと足元に影が掛かって、紅葉が立ったのが分かった。まだまだ言い足りない文句を浴びせてやろうと顔をあげると、すぐ目の目の前に紅葉の顔があった。
それこそ、息がかかりそうなくらいに近くに。

「ふほげえぇぇぇぇぇぇぇ?!」

思わず叫んで後ろにバランスを崩して尻もちをついてしまった。それを見てニヤニヤといやらしい笑みでこちらを見ている紅葉。
心臓がバクバクと動いて思考回路が現状について行かない。

「ねえ、市子」

紅葉が私の名前を呼んだ。それだけなのに、何故か肩が跳ね上がる。
ずいっと四つん這いで近づかれて、ニヤニヤ顔が更に口角を上げて笑った。

「アレってなんですかねえ」
「あ、えと、それは……」
「あらら、そんな口ごもるようなことなんですかね?ん?」
「別にそんなんじゃ」
「じゃあ早く言ってご覧なさいな」

ジリジリと私との距離を縮めていく紅葉。口元はわらっているのに、その視線はまるで獲物を狙っている猛禽類のようで。
それがとても怖くて、なるべく視線を合わせないようにして、絞り出すように私は言った。

「かっ『間接チューくらいであたふたしなさんな』って言ったことっ……」
「……ほう、ほう。それで市子ちゃんはなーにを想像しったのっかなー?」
「そんな、の、どうだっていいじゃないの!」
「まうすとぅーまうちゅー?」
「あ、ああああああんたホントにいい加減にしなさいよぉぉぉぉぉぉ!」

ああもう最悪。今絶対顔が真っ赤になっている。それを目の前の貧乏神に見られているなんて。

「あーはっはっはっは!ホント初心ですねえ市子!」

紅葉は、というと。まるでさっきの目付きが嘘のように、カラカラと笑っていた。
さっきまでの様子とは打って変わっていつもの、紅葉だった。

「これだと手を握るだけでも一苦労なんじゃないですかー?ねー市子ちゃーん?」

紅葉は空いている左手を目の前でひらひらと踊らせて、人を馬鹿にしたような声音で笑う。

「ほーら、練習で私の手でも握ってみなさいな」
「は、はぁ……?」

いつもの紅葉だ、と安心すると同時にイライラが急速に積み上がっていくのが分かった。何で私はコイツに馬鹿にされてるんだ?!
そんなことを考えているとも知らずに、紅葉は続けて言った。

「やーだ市子ってば何をそんなにビビってるんです?胸にばっか神経がいってそんな小さい事気にするようなスペースあったんですか?」
「うっせーよてめえ!今更あんたの手握るくらいどうってことないわよ!」

まさに売り言葉に買い言葉。紅葉の言葉に一瞬で頭に血が昇った私は目の前でプラプラと振られている紅葉の左手を握った。
指を絡ませてグニグニと握ったり開いたりを繰り返してみる。…こいつホントに肉ないな。骨が当たって触り心地が硬い。

「…あなた、何してるんです?」
「何って、あんたの手握ってる」

ちらり、というよりジロリと紅葉へ視線を向けると何故か驚いたような、放心したような表情をしてこちらをまじまじと見ていた。
てっきり私は馬鹿にしたような表情で見ているものだと思っていたのだけれど。
それも私の発言を機に段々と崩れていき、終いには顔を背けて小刻みに肩を震わせ始めた。え、何これ爆笑されてんの?

「ちょっと!自分から煽っといて何爆笑してんのよ!つーか今の何処に笑うところがあった?!」
「ぅえ、ええええええっとですね、あ今顔向けないでくださいちょっといろいろヤバイんで」
「そんなに?!」

顔は右手のギプスで完全に覆われているし、こちらから見える耳は普段とは違って真っ赤になっている。

いつも飄々としていて、自分のペースで突き進んでまわりと私を振り回している紅葉が、目の前で笑っている。
何の打算も計算もなしに、ただ純粋に笑っている。
そのことが何故かたまらなく可笑しくて面白くて、嬉しくて。

気が付いたら、つられて笑っていた。
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