神様と遊ぶ。
□ゆびきりげんまん
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もう、いくら飲んだか覚えていない。
そこら中にアルコールの匂いが撒き散らされていて私がにおうのか、周りがにおうのか、よくわからない。
「もみじ、あんた顔真っ赤じゃーん。酔っ払ったのー?」
ジュース片手にケラケラと笑っている市子だが、人の膝に頭乗せて言うセリフじゃあないだろう。
顔が真っ赤なのはお互い様だろうに。
「いーちこちゃんもまっかですよー?」
紅潮した頬を引っ張ってやると、妙ちきりんな呻き声を上げて手を払いにきた。もう払うというより、当てる、という言葉がふさわしい。
手首に当たった手のひらがとても暖かかった。
「いちこちゃんにはまだはやかったですかねー?もうあとちょっとなのにー?」
「うるしゃーびんぼーがみ!あんたなんかすーぐおいこしちゃうんだかりゃっ!」
追い越す。その言葉に、すうっと背筋が寒くなるのが分かった。
あと数年で、市子は私の見た目を追い越していく。あと数十年で老いていく。私を、置いていく。
それはそれは当たり前のことなのだけれど、その当たり前が到底受け入れられないものだと、今更ながらに気づいてしまった。
「もみじ?どしたの?」
「……なにが、ですか?」
「なーんか、こわいかおしてる」
ふらふらと起き上がると、じぃっとこちらを見つめてくる。酔っ払っているハズなのに、目だけはしっかりとしていてこちらの奥底を見抜こうとしていた。
ああ、見るな、見ないでくれ。こんな小娘に見透かされてたまるものか。
「もみじ、さびしいの?」
舌っ足らずな声に、脳天を撃ちぬかれる。
市子、あなた酔っ払いすぎですよ、早く寝なさい。とか、冗談よしなさいな。とか、色々言えたはずだったのに。私が選んでしまったのは、
「さびしい、です」
「どーして?」
「いちこがわたしを、おいていくから」
自分でもようやっと気づいた、気づいてしまったものだった。
「いちこはにんげんでしょう?あともうちょっとしたらおとなになって、もうすこししたらおばあさんになって、わたしをおいていってしまうでしょう?わたしのとなりからいなくなってしまうでしょう?」
堰を切ったように流れだしていく言葉。違う、違う、私が市子に言いたかったのはこんなことじゃない。この子に負わせる言葉じゃない。
そう思っていても、言葉は流れていくばかりで、止めるすべが私には分からなかった。
「さびしいです、さびしいんですよいちこ」
「……うーん、じゃあさ、わたしがもういっかいもみじにあいにいく!うまれかわってもみじにあいにいく!」
「は、ぇ……?」
そうだそれがいい!とひとりで盛り上がって私のテンションなどお構いなしに市子は突き進んでいく。
呆然としている私の目の前に小指を立てた左手が突き出されて、理解が追いつかなかった。
「いちこ、これはどういう……」
「だーかーりゃー指切りっ!生まれ変わってもみじに会いに行くにょっ!もみじもあたしに会いに来るにょっ!そしたらさ、あいにいく時間、はんぶんじゃん!」
どんな理論だそれは。突っ込む気力さえ無くした私の左手をぐい、と乱暴な手付きでとられて小指を絡ませられる。
典型的な指切りの形だ。何をしようとしているのか、この少女は。
「ちゃんと歌っちぇよね」
「え、あ」
戸惑う私をよそに市子は左手をゆっくりと上下させて若干呂律が回らなくなっている声で歌い出した。
「ゆーびきーりげーんまーん、」
「…うーそついたらはりせんぼんのーます」
「「ゆびきった」」
歌い終わると同時に、きゃーだかわーだかイマイチ意味の分からない甲高い声をあげて市子が抱きついてきた。
咄嗟に抱きしめるとこれはまた何とも言い難い柔らかい表情をこちらに向けた。ああ、もう、何なんだこの人間は。こんなに容易く人の懐に潜り込みやがって。
「ねーねー、紅葉、これでさみしくないでしょ?」
などと、彼女がのたもうものだから。
じわじわと胸の真ん中が暖かくなって、同時に鼻の奥がツンとしてきた。
「…ありがとう、市子。さびしく、なくなりました」
ああ、この声の震えが彼女に伝わっていないだろうか。どうか、どうか、伝わっていませんように。
「だいすきですよ」
今はただ、この腕の中の温もりを無くさぬように。