神様と遊ぶ。

□ちぐはぐ二人三脚。
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「ああ、もうこんな時間……」
 空が赤く染まり、端の方は既に藍色へと変化していく空。気の早い一番星が輝きはじめる時間帯。街灯がポツポツと点き始めた砂利道を山吹は足早に歩いていた。
 小学校の臨時教師を経て就任した貧乏神の長の仕事が予想以上に多忙であり、流れこんでくる業務をうまく捌ききれずにいた。
 それに加えて現在進行形で悩んでいることが山吹にはあった。視線をつい、と自宅の方へ向けてみると無人のはずの部屋に明かりが灯っていた。無意識に山吹は溜息をつく。
 こんな事をするのは山吹の知り合いの中には、……まあ数人いるのだが、今日は平日であるため、時間帯からしてそれを行うのはただ一人しかいない。
 少々建て付けの悪い扉に鍵を差し込んで回すと、耳障りな音を立てて扉を引いた。その音を聞きつけて奥の方から小さな足音が近づいてきて、
「おかえりなさい、山吹さん」
 などとのたまうものだから、片手で頭を押さえた。
「あのねえ、毎度毎度のことだからあまり深くは聞きませんが……今日はどこから入ったんですか?紅葉」
「今日はですね、玄関の前に置いてあった植木鉢の下にあった合鍵を見つけたのでそれで入りました。ちゃんと玄関から入りましたよ?」
 何も間違ったことはしていません、と言わんばかりに小さな侵入者は胸を張っていた。そうじゃない、言いたいことはそうじゃないんだと思いながらも、とうとうその口から思いを吐き出せなかった山吹は代わりに誰にも聞こえない深い、深い溜息をついた。


 長就任のため、小学校の臨時教師を担ったのは数ヶ月前の話だ。神界の将来を担う幼い貧乏神達に自分の持てるだけの知識を与え、それだけでなく、周りとの関わり方を諭し、導いてきたと自負している。それがこの結果だ。
 自分が受け持った組で一番の問題児とされていた貧乏神・紅葉に、うぬぼれでなければ、懐かれている。教職から離れた後も何度か連絡を取り、いつの間にやら家に入り込まれているのが山吹の現在の状況である。
「もうどうしたらいいのか……」
「どうしたらっていうか、ねえ?」
「何かちょっとその子おかしくない?いくらなんでも家にまで入り込んで来ないでしょ?キレちゃえ!」
「いや苺アンタのそれはおかしい」
 たまの休日に同じ新任長の友人たちとの食事の席で、山吹はここ最近懐かれている幼い貧乏神について話した。今の関係に不満があるか、と言われれば答えに窮するが、どうにかしてもっと別の方向に持って行きたいがためのことだった。
「うーん、その子って臨時教師をしてた時の問題児だった子よね?」
 グラスを傾けながら、福の神・蓮華は顎に手を当てて中空へと視線を彷徨わせる。
「あまり人と関わりを持ちたがらなかった子なんでしょう?」
「ええ、そうですね。社会見学からは同じ組の子と話したり遊んだりし始めたようですけど」
「おー、そりゃよかったじゃん」
「友達と同列って考えてるならちゃんと言ってあげたほうがいいよー」
「それはそうなんですけど、区別はちゃんとついてるみたいなんですよね」
 一度、町中で友人たちと戯れていた紅葉を山吹は見かけていた。その時は歳相応にはしゃいでいたのがとても印象に残っていた。自分に接するときはどこか、距離をはかりかねているような態度でいるのに。それが区別だというのならそうなのだろうけど。
「なんというか……山吹に対して期待してるっていうのかしら」
 憶測だから、あまり丸呑みしないでちょうだいね、と前置きをして蓮華は苦笑する。
「その子にとって信頼できる『おとな』って山吹が初めてなんじゃないかしら?だからくっついてみてるのよ、きっと」
「はじめての『おとな』?」
「そう、『はじめて』のね」
「……あのね、蓮華。変な意味を込めないでちょうだい」
「あらあら?私何か変なこと言ったかしら?」
 クスクスとからかうように笑う蓮華は、あからさまに山吹の反応を楽しんでいた。頬を不満げに膨らませた山吹は手にしていたアルコールを一気に煽ると頭を無理やり思考の海に沈めていく。
「ああーっ!蓮華が苛めるから山吹がふて腐れちゃってんじゃん!」
「私山吹にお酌してもらおうと思ってたのに何してんの!?」
 騒がしくなった外野をよそに山吹は思考に耽る。
 ――私が初めての信頼できる『おとな』?
 蓮華の言葉を反芻してみるが上手く呑み込めない。山吹は自分の心に問いかけたが、何も答えてはくれなかった。
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