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□ヤキモチ
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「・・・いってぇ〜・・・」
居間のソファーに腰掛け、頭に氷嚢を乗せながら、アデルは顔をしかめていた。
「全くドジねぇ。鍛錬の最中に自分で頭ぶつけたんですって?」
「・・・・・・」
ソファーの背後からひょいと覗き込んだママが呆れたように声を掛けると、アデルはバツが悪そうに頬を赤らめて目を逸らした。
鍛錬のし過ぎで手足が萎えていたのであろうが、たまたまバランスを崩し、側にあった木に自分で頭をぶつけたのだ。
ドジと言われても返す言葉も無い。
その額には大きなたんこぶができていた。
・・・我ながら、格好悪い。
そんな風に思いながら、アデルは小さく溜息を吐いた。
「何じゃ、アデル帰っておったのか?」
その時、居間の扉を開けて入ってきたロザリンドがアデルの姿に気づき、驚いたように声を掛けた。
「どうしたのじゃ、氷など乗せて。怪我でもしたのか?」
「あ、ああ・・・まあな。」
「自分でつまづいて木にぶつかったんですって。ドジよねぇ。」
バツが悪そうに言葉を濁すアデルの後ろから、ママがからかうように言った。
「うるせぇなぁ・・・。ちったぁ息子の身体を心配したっていいじゃねぇかよ。」
むすっと口を尖らせたアデルを見つめ、ロザリンドはついっとソファーに近づくと、アデルの顔をひょいと覗きこんだ。
「・・・!」
「本当じゃ、随分腫れておるな。・・・大丈夫なのか?」
顔を近づけたまま少し心配そうにロザリンドが言うと、アデルは急に顔を赤くして目を逸らした。
突然かなりの至近距離から見つめられるという不意打ちに動揺したのだが、ロザリンドはそんなアデルの様子には気づかず、すいと手を伸ばして彼の腫れた額に触れた。
「・・・!」
その途端、アデルはまたさらに顔を赤らめた。
少しひんやりとして柔らかい彼女の指の感触の心地よさといい香りを意識して、先程よりも動悸が早まる。
アデルのドギマギした内心も知らず、心配気に彼の額に触れていたロザリンドは、ふと視線を感じて顔を上げた。
「・・・・・・」
視線の先には、少し離れた場所からニヤニヤと生暖かい目で二人をみつめているママが居た。
その目は、微笑ましいものを見る目というよりも、むしろからかいの色を多く含んだものだった。
《ま〜今日も見せつけてくれちゃって、ほんっとにこの二人は仲睦まじいわよねえ。ロザリーちゃんったら甲斐甲斐しいわあ。もう同居してるんだし実質的にお嫁に来てるようなものなんだから、躊躇ってないでさっさと結婚しちゃって早く私たちに孫の顔を見せてほし(以下略)》
というようなママの思念を一瞬のうちに感じ取ったロザリンドは瞬時に顔を真っ赤にすると、バッと振り払うようにアデルから手を離した。
「たっ・・・大したことないではないか!この程度の怪我で泣き言を言うでない!!この軟弱者!!」
焦ったように早口でそう言うと、ツンとそっぽを向く。
「な、何だよ?別に泣き言なんか言ってねぇだろ?」
「当たり前じゃ!そんなもの冷やしておれば勝手に治るわ!お、大げさにするでない!」
「だっ・・・だから、いつ俺が大げさにしたんだよ!」
軟弱者呼ばわりに、さすがにアデルもムッとしたような声を出し、二人がやいのやいのと言い合いを始めたその時、唐突に情けない泣き声が割って入った。
「ふえぇ〜、痛いよぉ〜。」
「・・・え?」
言い合いを止め、アデルとロザリンドが声のした方を同時に振り返ると、いつの間にやらタローが居間の戸の前に立っていた。
額に両手を当て、目には一杯に涙を溜めていて、今にも大声で泣き出しそうにしている。
「タロー?どうした?」
「そこで転んで、頭打ったんだよ〜。コブが出来たぁ〜。」
見ると、額が赤く腫れている。
「全く、タローちゃんまで揃ってドジねぇ。ほら、男の子はそんなことで泣かない!」
「だって、痛いんだもん・・・」
ママのケロッとした様子に、タローはより一層目を潤ませ、泣き声を出した。
「タ、タローよ、大丈夫か?」
「ふえぇ〜ん、姫様ぁ〜〜!」
心配そうな声を出したロザリンドに気づき、タローは一目散にロザリンドの元へ走ると、その腰にボフンと飛びついて泣き出した。