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□ヤキモチ
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「ア、アデルよ、居るか?」
自室のドアの向こうから、トントンというノックの後、軽い咳払いと共に聞こえてきた声に、ベッドで寝そべっていたアデルはムクッと身を起こした。
「・・・何じゃ、もう寝ておったのか?」
カチャリとドアを開けて顔を覗かせたロザリンドがそう言うと、アデルはどこかムスッとした様子で答えた。
「・・・休んでただけだよ。・・・何か用か?」
ついつい声にトゲを含んだ口調になってしまう自分に軽く嫌気が差し、アデルは少し目を逸らした。
「・・・座っても良いか?」
「・・・ああ。」
アデルが身を起こしているベッドの側に腰掛けると、ロザリンドはコホンと咳払いをして言った。
「・・・その、・・・さっきのぶつけたところ、もう良いのか?」
「・・・ああ。・・・別に、大したことないって言ったろ。」
「・・・・・・」
いつになくつっけんどんなアデルの口調に気づき、ロザリンドはチラリと彼の顔を見た。
そっぽを向いて、どこかムスッとした表情をしている。
その頬はまだうっすら赤く染まっていた。
「・・・・・・」
(・・・か・・・)
・・・可愛い。
アデルのこんな風に拗ねている顔は、初めて見たかもしれないと、ロザリンドは思った。
「・・・し、しかし、まだ少し腫れているのではないか?」
「・・・少しはな。大して痛くはねぇよ。」
「・・・・・・」
そっぽを向いたままのアデルの方に、ロザリンドはそろそろとためらいがちに手を伸ばした。
しかし、その額に触れる直前のところで、ギシッと手が固まる。
(・・・タ、タローにしているように・・・?)
優しく笑って・・・・。
(・・・って、出来るか、そんなこと!!)
恥かしくて、顔から火が出そうになる。
・・・つまり、照れくさいのだ、とにかく。
(・・・いや、しかし・・・)
ママの言うことはもっともだ。・・・たまには、優しく笑って接してあげるべきだ。
・・・そもそも、何故自分はいつも彼にいつもそっけなく、素直に笑顔を向けてあげられないのだろう。
・・・一番好きな相手に、何故素直に優しく出来ないのだろう。
恥かしかったり照れくさかったりした時に、ついつい怒ったような態度になってしまう自分のくせが、本当に恨めしかった。
「・・・・・・」
「・・・・・?」
やけに長い沈黙に気づき、不思議に思ったアデルが振り向こうとした瞬間、ぐいっと横からネクタイが引っ張られた。
「なっ・・・?」
見ると、赤い顔をしたロザリンドが、ネクタイを引っ張ったまま、ジッと睨んでいた。
「なっ・・・なんだよ?」
「う、うるさい!・・・は、恥かしいものは恥かしいのじゃ!仕方ないではないか!」
「・・・へ?」
「タ、タローは子供だから恥かしくないのであって・・・。だから、その・・・」
「・・・・・?だから、何の話を・・・」
「・・・そ、その代わり・・・よ、余が、こんな風にするのは、お主だけじゃ。」
「・・・?」
何か問い返そうとアデルが口を開きかけた瞬間、その頬にロザリンドは、そっと軽く口付けた。
「・・・こっ・・・これで許せ・・・」
真っ赤な顔で目を逸らすと、ロザリンドは小さな声でそう言った。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
たっぷりと十秒程の沈黙。
ポカンとした表情でアデルはロザリンドを見つめていた。
「・・・・・!」
その沈黙に、ロザリンドは動悸が加速度的に高まり、顔にますます熱が上ってくるのがわかった。
何となく、自分がとてつもなく馬鹿なことをしたような、そんな気がしてくる。
「・・・!も、もう良い!!余は、もう部屋に帰る!!!」
恥かしさに耐え切れなくなり、ロザリンドが立ち上がろうとした時、ガシッとその腕が掴まれた。
そう感じた次の瞬間には、ロザリンドはアデルに引き寄せられ、その腕の中に納まっていた。
「・・・・・・」
「・・・あー・・・その、悪い。一瞬、びっくりしてボゥっとなってた。」
彼女を抱き寄せたまま、アデルは照れくさそうな声で言った。
その声からは、もう先程までのトゲは消えていた。
「・・・タローのような子供にヤキモチなぞ妬きおって。馬鹿者め。」
「・・・悪かったな。」
「・・・しかし、まあ・・・」
「・・・何だよ?」
「お主に妬かれるのは、悪い気はしなかった。」
「・・・・・・」
プッと同時に吹き出すと、アデルとロザリンドは一緒に笑い出した。
(まあ、いいか・・・)
笑いあいながら、アデルは心の中で呟いた。
タローに対するうらやましさはまだほんの少し心の中に残ってはいたが。
彼女のキスだけで、一瞬で機嫌を直している自分の単純さに、アデルは小さく苦笑した。
結局、自分は彼女にはかなわない。
そんなことを自覚した一日であった。
終わり。