2
□天敵
5ページ/8ページ
「・・・よせ、プラム。そいつらはもう刃向かう気を失っている。」
「・・・・・・」
ゼタの制止の声に、プラムはやや意外そうな顔で振り返った。
「あら、随分やさしいのね。・・・燃やされそうになったっていうのに。」
「・・・ふん。すでに屈服している奴を痛めつけてもつまらぬだけだ。」
そう苦々しい表情で言い捨てたゼタ本を少し黙って見つめていたプラムは、やがてフフッと小さく笑うと、スイと手を振ってプリニーを拘束していた氷柱を消し去った。
「いいわ。・・・ゼタがそう言うのなら、許してあげる。」
先程より少し穏やかな口調で言うと、へたり込んでゼエゼエと息をついているプリニー達をチラリと一瞥し、低く声のトーンを落として続ける。
「・・・今後は身の程をわきまえるのね。・・・次に私のオモチャに許可なく手をかけたら、その時はあなた達の主人が優しかったと思える程の目に逢う事になるわよ。」
「・・・ハッ・・・ハイッス!!!失礼しましたっス!!!」
ヒッと小さな声を上げて震え上がったプリニー達は、ビシッと敬礼をすると猛烈な勢いでその場を逃げ去った。
(こ・・・怖かったっス・・・!!)
全員が本能的に感じ取っていた。
あの娘は、間違いなくエトナと同等か、それ以上のサディストだ。
二度とあの本とあの娘には近づくまい。そう誓うプリニー達であった。
「・・・・・・」
甘くなったのかもしれない。
逃げ去っていくプリ二―達を見つめながら、ゼタはそんなことを思った。
昔の自分なら。
肉体を失う前の、最強であったころの魔王ゼタなら、自分に逆らった相手は降参しようが泣こうが縋ろうが、容赦なく叩き潰していたのではないだろうか。
なのに、今は。
戦意を失ったプリニー共が潰されるのを、何故か止めたくなったのだ。
(・・・馬鹿な。)
憐れみの心など、魔王たる者が持つ感情ではないはず。
(肉体を失い本として過ごす内に、魔王としての心まで失いつつあるのではないのか、我は・・・!?)
ゾクリと心の中を冷たいものが走る。
(このままでは、我は・・・。)
「そうね、このままじゃいつか肉体を取り戻すことが出来ても、魔王には戻れないかもね?」
「ぬわぁっ!!?」
唐突に割り込んできた声にゼタが飛び上がると、いつの間にかプラムがニヤニヤした表情でゼタを覗き込んでいた。
「っ・・・!」
知らず知らずの内に考えていることが口に出ていたらしい。
カッと顔を赤らめ、悔しそうな顔をするゼタを見つめ、プラムはフフッと愉快そうに言った。
「ま、それもいいんじゃない?・・・甘くなった貴方も嫌いじゃないわよ?」
「黙れっ・・・!!貴様が言うな、貴様が!!全ての元凶の分際で・・・!」
プラムを睨み付けて怒鳴る内に、ゼタの胸に屈辱と怒りが次第に湧き起こってくる。
ゼタが肉体を失った事件の真犯人でありながら、さも味方のような顔でゼタの元に姿を現し、親切そうにあれこれと助言を与え、影ではゼタを手の平の上で転がして楽しんでいたのだ。
「我は・・・我は最強の魔王、ゼタだ!!甘くなっただと!!?ふざけるな!!我が肉体を取り戻した暁には、貴様に思い知らせてやるぞ、プラム!!我をもてあそんだことを、たっぷりと後悔させてやる!!全ての元凶の貴様を叩きのめし、今度は貴様を魔王の座から追ってやるから、覚悟しておけ!!!」
「・・・へえ?」
怒り喚くゼタを面白そうに見つめながら、プラムはからかうように笑った。
できるものならやってみろ、と言わんばかりの声で。
「む、ぐっ・・・!!」
本の姿になっているゼタを完全に舐めきっている。
(・・・だが・・。)
逆に言えば、油断している。
今なら、この本の身でもこの小娘に一泡吹かせることができるかもしれない。
この小娘は親身に助言し、力を貸してくれる味方などではない。
むしろゼタにとっての、最大最悪の敵なのだ。
「・・・我の攻撃手段が、目からビームしかないと思っているのか?」
「・・・え?」
ポツリと呟いたゼタに、プラムは笑いを止め、きょとんとした声を出した。
「貴様の方こそ甘くなったのではないか、プラムよ。」
「・・・・!?」
プラムは驚いたように自分の足元に目線を落とした。
そこには、一瞬の間に大きな魔方陣が描かれ、金色の光を放っていた。
「喰らうがいい!!そして我をもてあそんだことを後悔しろ、小娘!!」
魔方陣がカッと輝き、一瞬の内にプラムの上空に大きな城砦が召喚される。
「っ・・・!!」
プラムの両目が驚いたように見開かれる。
その目前に広がった巨大な影が、凄まじい勢いで彼女を飲み込んだ。
「インバイト・アタック!!」
激しい轟音と共に、そこには凶室を呑み込む程の大穴がえぐられていた。