裏置き場に行ってみたい!
□彼女の逆襲
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「・・・悪かった。」
皆が寝静まった夜更け、薄く明かりの漏れた一室から、困りきったアデルの声が響いていた。
「・・・ホントに、すまなかった。ゴメン。」
「・・・・・・」
正座した彼の前には、ベッドに潜り込み、壁の方を向いたまま返事の無いロザリンドがいた。
「・・・ロザリー?」
「・・・・・・」
無言の中に、明らかな怒りの空気が伝わってくる。
アデルは、小さく溜息をついた。
今日、帰宅してからずっとこの調子で、一度も口を利いてくれない。
確かに、彼女が怒ってしまったのも無理は無い。
「夕方ごろには帰る。」と言って、アイテム界に潜りに行ったのが3日前。
デールも携帯電話も補充するのを忘れていたことに途中で気づき、仕方なくそのまま潜っていった所、運悪く小部屋の近くでタチの悪い夜魔族に捕まり、ぼったくりバーに引き込まれたのだ。
散々有り金をむしり取られ、ようやく開放してもらえたのが今日だった。
帰宅してから、泣きながら飛びついてきたタローや、安堵したように笑ったパパや、お説教を始めたママの後ろで、ロザリンドは黙ったまま俯いていた。
アデルが近寄ろうとしてもふいと離れ、彼女はそのまま部屋に入っていってしまった。
その後、残った家族全員に呆れ顔で胸元を指差され、アデルはようやく自分の襟元にいくつものキスマークが残っていることに気づいたのだった。
「・・・本当に、誰とも何もしてねえ。あの口紅は、ぼったくりバーで群がってきた夜魔族たちが面白がって付けただけで・・・」
「・・・・・・」
困りきった声で訴えかけるアデルの声を、ロザリンドは背を向けたまま、無言で聞いていた。
・・・わかっているのだ。アデルが言っていることが本当だということは。
アデルは、つまらない嘘をつくような男ではない。
携帯やデールを忘れ、バーに引き込まれたのも不可抗力だ。・・・わかってはいるのだが。
彼の胸元に頭を寄せてキスマークをつける夜魔族の女たちの光景を思い描くと、どうしようもなく行き所のない憤りが湧いてきた。
さらには3日間連絡のない彼に、何かあったのではないかと散々心配し、不安にさいなまれて過ごした分が、無事に帰ってきた彼への安堵と共に、さらなる怒りをじわじわとロザリンドの心に湧き起こらせていた。
・・・簡単に言ってしまえば、拗ねているのだった。
「・・・悪かった。心配かけて。」
彼の落ち込んだ声に、ズキンとロザリンドの胸が痛んだ。
3日間もアイテム界に潜り通しで、今はもうクタクタに疲れているだろうに、彼はさっきからずっと真摯に謝り続けている。
(・・・いつまで拗ねておるのじゃ、余は。)
早く許して、優しい言葉の一つもかけてあげたいのに、拗ねている手前、折れ方がわからない。
可愛げのない自分に、泣きたくなる。
「・・・・・・」
振り向いてもくれないロザリンドに、アデルは返答を諦め、小さく息を吐いた。
・・・きっと、相当怒らせてしまったのだろう。
彼女の寂しがり屋なところは、充分知っているはずだったのに。
アデルは、そっぽを向いたまま目を閉じている彼女をそっと覗き込み、その頬に短いキスを落とした。
「・・・ごめんな。・・・おやすみ。」
そう呟くと、ゆっくりと身を離し、背を向けて部屋を出て行こうとした。
「・・・アデルの、馬鹿者。」
不意に、背後から聞こえた小さな声に、アデルは足を止め、振り向いた。
「・・・余が、3日間どれ程心配したと思っておる・・・。」
彼女は毛布に潜り込み、そっぽを向いたままだったが、その声がわずかに震えているのに気づき、アデルは慌てて彼女の側へ戻った。
「・・・悪かった。」
彼女を覗き込み、そう言おうとすると、不意に伸ばされてきた手がアデルの肩元をぎゅっと掴んだ。
ロザリンドは、むすっと睨むような顔でアデルを見上げていた。
その目元に涙が溜まっているのが見え、アデルは切なげに眉を歪めた。
「・・・ごめんな。」
彼女の頬に手を触れ、もう一度アデルが謝ると、彼女はそのまま彼の首に腕を回し、ギュウと抱きついてきた。
嬉しさと安堵が込み上げ、アデルは表情を緩めると、彼女を抱きしめ返した。