夢また夢

□雨の日
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どれくらい時間が過ぎたのだろうか。
雨は相変わらず、激しく降り続ける。
もう、いっそのこと濡れて帰ろうかと、足を踏み出そうとした瞬間……


「何かお困りですか?お嬢さん」


ふいにかけられた声。
しかし、それはいつも聞き慣れた低く優しい声。

紅朱が顔を上げると、目の前には傘をさした恋人の姿があった。

「遙一さん!」

紅朱の表情は一気に明るくなった。

「紅朱、あなたを迎えに来ました」

高遠は微笑みながら紅朱に傘を差し出す。
しかし、

「え、でも…傘それしかないじゃない」

そう、傘は高遠が持っている一本しかないのだ。
高遠はふぅとため息をついた。

「全く、野暮なことを言うんですね。傘は一本で十分です。あなたとこうするため、ですから」

そう言って、高遠は紅朱の腰に手を回して、抱き寄せた。

「わわっ!よ、遙一さん!?
は、恥ずかしいって。みんな見てるから」

顔を赤くして抗議するも、高遠は涼しい顔をしていた。

「気にすることはない。ほら、帰りますよ」

もっと密着するように紅朱を引き寄せ、歩きだす。

「っ……」

紅朱の顔は、りんごのように真っ赤になっていた。

「顔を赤くして恥じらう。紅朱は本当に可愛いですね。大好きです」

それは、ほんの一瞬の出来事だった。
チュッと唇にキスをされたのだ。
「な、………」

「ふふ、ごちそうさまです。
さ、早く帰りますよ。帰ったら紅茶を淹れてあげましょう」

優しく笑う高遠に観念したのか、紅朱は恥じらいながらも、彼に寄り添った。

「雨の日も…悪くないのかもね」

「そうですね」

一つの傘に寄り添い合う男女。
仲睦まじく家路につくのだった。



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