闇を照らす光
□12
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色んなことがありすぎて
色んな想いが溢れすぎて
【12】
「39.6分・・・」
朝起きたら何だか寒気と体に違和感を感じ、「体調悪いな」と、ポツリと呟いたのを聞き逃さなかったのは凛で、凛は私のその言葉を聞くと同時に素早く立ち上がり体温計を私の脇にあてがった
そして、ピピピと機械音が鳴り響き、体温計を見れば驚きの数値に私は自分でも信じられなくてその数値を凝視していた
「今日はお休みを頂きましょう」
「え、あ、でも・・・」
「今日はお休みです!」
「・・・はい」
突然、目の前から体温計が消えたと思えば、その行方は凛の手元であり、凛も同じくその数値を見て多少驚いたように片眉を上げていた
そして、すぐさま体温計をしまうと今しがた畳んだばかりの布団を再び敷き出し、いつもより数段厳しい声で休みを宣告されてしまった
「う〜、だるい・・・」
「薬を貰ってきますので大人しくしていてくださいね」
「はぁい」
体温計の数値を見てから何だか体中も重く、節々も痛くなってきた
病は気から、とは本当のようだ
凛の言葉にもいつものようにはっきりとした返事が出来ず、だらしない声しか出てこない
「知恵熱?」
布団に入っても取れない寒気に、体を丸めて布団に包まりながらそんなことをぼんやり考える
昨日の出来事から、私の頭はまだ整理がついていない
自分の生きたいように、思うように生きるとはどんなことなのか、私なんかのことを好きだと、傍にいて欲しいと言ってくれたエースさんと、俺のものになれと言ってくれるシャンクさん
『今のサクラだから仲間にしたいって思うんだ!』
そして過ぎるのはエースさんの言葉
こんなところで身を売って生きているあたしを汚くはないと、今のあたしだから仲間にしたいんだと、その真っ直ぐな言葉はあたしの胸の奥まで響いた
例えばシャンクスさんが、遊女サクラとしてではなく、ただ一人の女としてそう思ってくれていたのだとしたら、出来ることならこの場所から飛び出して、自由に思いのままに、大切な人と生きていきたい
「サクラ様、お薬をいただいてきましたよ」
「サクラねぇ、大丈夫?」
そんな夢みたいなことを考えていると、そっと襖が開き、そこから現れたのは凛とハルだった
ハルの姿に驚けば「サクラ様が体調を崩したと伝えたら、お見舞いに行くときかなかったので」と少し困ったように笑って事情を説明する凛
「だって、サクラねぇが体調崩すなんて滅多にないからいてもたってもいられなくて」
「・・・ふふっ、ありがとう、ハル」
凛の言葉にすねた様に口を尖らせるハルに私は思わず嬉しくなって微笑めば、ハルはすぐに笑顔になって近寄ってきた
そしてゆっくりと体を起こして凛が持ってきてくれた薬を飲んだ
「にが・・・」
「良薬口に苦しです」
「早く良くなってね!」
クスクス笑う凛と、少し悲しそうな顔で呟くハルに、あたしは小さく「分かってる」と返事をして笑った
「お店の方は大丈夫?」
「今のところ通常通り営業しています」
「そっか・・・でも、簡単に休ませてもらってるけど、あいつ何か言ってたでしょ?」
あいつ、つまりここの店の店主のことを聞けば、凛は少し表情をゆがめた
「まぁ、色々言ってはいましたが・・・」
「でも、サクラねぇはこの店のbPだからあいつも何だかんだ言って強くは言えないみたいだったよ!」
「・・・そっか」
口を濁す凛の変わりにハルがそう続ければ、私は苦笑することしか出来なかった
本当なら、風邪をひこうが熱が出ようが、よっぽどのことが無い限り休ませてはもらえないのが現状だ
病気になれば接客業以外の雑用を押し付けられ、休むまもなく働かされ、それで命を落としたものも少なくは無い
しかしどうやらbPと言う私にとっては不名誉なことが、今回は役立ったようだが、何となく罪悪感に苛まれ布団をギュッと握った
「どんな理由にせよ、今のサクラ様には休養が必要です。何も考えずお休みください」
「凛・・・」
そっと私の手に自分の手を重ね悲しそうに微笑む凛に、苦笑することしか出来なかった
ここにいるものは誰だって、大小問わず何かしら犠牲を払って生きている
そんなことは分かってる
だからこそ逃げ出したい
だけど、果たしてそんなことが出来るのだろうか
自分の思いのままに生きるということは、今の生活を全て捨てて飛び出す覚悟が必要だということだ
前回ここを飛び出したとき、この場所はあたしにとって苦痛でしかなくて、何の思い入れも無かった
だけど、今は違う
ハルや凛と言う心の支えにも似た存在がいて、たいした仲ではないがここで働き苦悩している子達を知っている
私一人がこの場を逃げ出しても、ハルや凛やその子達は救われないし、ただ一人、遊女が逃げ出しただけでこの世界は何も変わらない
ハルや凛やここの皆を捨てて一人だけ逃げるなんて…それを思うとどうしたって行動に移すことが出来ない
今まで自分が逃げ出すことばかり考えていて、そんなこと頭の片隅にもなかったけど、シャンクスさんやエースさん達と出会って、家族や仲間を想う気持ちを聞いて、益々そういった気持ちが強くなっていたこともある
「サクラねぇ?」
「サクラさま?」
無意識に布団を握り締めていたのか、ハルと凛の心配そうな声に私はハッと我に返って取り繕うように笑顔を作った
「大丈夫、なんでもないよ」
そういえば、二人は納得していないように表情を歪めたが、私はそれに気づかない振りをして布団に横になった
「少し休むね」
「あ、はい・・・」
凛もハルも少し渋った表情を見せたが、それ以上何も言うことなくゆっくりと立ちあがって部屋を出て行こうとした
「あ、それから・・・」
「?」
そんな二人の後ろ姿を見ていたら、不意に頭を過ぎったことを口に出す
「シャンクスさんには・・・何も言わないでね」
「え、でも・・・!」
「分かりました」
私の言葉にハルは何か言いたそうだったが、凛がそれをやんわり止めると、いつものように淡々とそう言うと一つ深くお辞儀をして「お大事に」と言って部屋を出て行った
パタンと襖が閉まった音を聞いて、私は体を窓の方へ向けた
まだ重い体に頭痛や寒気もする
だけど、目の前に広がる青空は輝くぐらい綺麗で
「私も・・・あの空の下で生きたいな」
ポツリ、叶うはずのない想いを吐露し、襲ってくる睡魔に抗うことなく目を閉じた