時を超えて
□バレンタインデー
1ページ/1ページ
甘い匂いと共に膨らむ期待
その期待感は去年までのものとは比べ物にならなかった
バレンタインデー
「いやぁ、今年もこの日がやってきたなぁ」
朝、飯を食べに食堂へ行けば、扉を開けたと同時にそう言って近づいてきたのはサッチで、俺は何のことかと首を傾げる
「何の話だ?」
「おいおい、まさか今日が何の日か覚えてねぇってんじゃねぇだろうな」
「…?」
心底驚いた表情をするサッチにさらに首を傾げれば、サッチは盛大な溜息をついて俺の肩に手を置いて神妙な面持ちで呟いた
「今日はバレンタインデーだろうが」
「バレンタインデー…あぁ」
「反応薄っ!エース君、こんな一大イベントにお前は何でそんなに腑抜けた表情をしてやがんだ!?」
「腑抜けてねぇよ!つーか、バレンタインごときで大げさなんだよ!」
「ばっか、お前、バレンタインっつったらあれだよ、男の沽券に関わる一大イベントだろ!チョコを何個もらえたかによってその男のその年一年のすべてが決まるといっても過言じゃねぇ」
「過言だろ」
何やら意気込みながら力説するサッチの手を振り払い、俺は朝食にありつこうとと食べものの方へ歩き出せば、サッチも後から着いてきた
「お前なぁ、ちょっとは意気込み見せろよな」
「意気込みってもなぁ…だいたい、毎年ナース達が義理チョコ配って終了じゃねぇか」
「ノー!義理じゃねぇよ、感謝チョコだよ。現代人はそういうんだよ!そこ言い間違えると気持ちが果てしなく落ちるから間違えないように」
「めんどくせぇな」
「はっ、いいよなぁエースは余裕でよ」
「俺がいつ余裕を持ったんだよ」
「何とぼけてんだよ、どうせミユからもらうんだろ、本命チョコ」
「へ?」
面白くなさそうに呟いたサッチの言葉に、俺は思わず素っ頓狂な声を上げ凝視すれば、サッチは少し驚いたように目を見開くと、すぐにあきれたような表情になった
その顔を見てから意味を理解した俺は、少し熱くなった顔を悟られまいと視線を外し一つ咳払いをする
そうか、今年は付き合って初めてのバレンタインだから、毎年ナースと一緒に船の奴等にチョコを配ってたミユから手作りチョコをもらえるかもしれねぇわけか
「おい、顔が気持ち悪いことになってんぞ」
「う、うるせぇ!」
そう思ったらニヤける顔をサッチに指摘され、俺は慌てて顔を逸らし食いもんを皿に乗せていく
背後に立つサッチの笑い声が聞こえるが、ニヤける表情を抑えることができない俺は適当に皿に食べ物を乗せて席に座り口の中に詰め込みまくった
「(まぁ…少なくとも去年までの想いはしなくてもいいんだよな)」
好きな女が他の野郎に笑顔でチョコを配る姿というものは、それがたとえ義理チョコだと分かっていても面白くなかった
今年も義理チョコ配りに参加するかもしれねぇが、俺だけのチョコを貰えるのだと思うと、その面白くなかった気持ちも半減しそうだ(決してなくなりはしないが)
「エース隊長!」
朝飯も終わって、ミユからチョコがもらえるまでどうしたもんかとソワソワする気持ちを抑えながら歩いていれば、背後から聞こえる大きな声に足が止まった
この声は聞き間違えるはずのない、まさしくミユの声で、必死に抑えていた動揺する気持ちが一気に溢れてきてすぐに返事ができなかった
「エース隊長?」
「お、おぉ、ミユか、どうした?」
中々返事をしない俺の前に回って覗き込んでくるミユに、なるべく冷静に答えたつもりだったが少しどもってしまった
「エース隊長こそそんなに焦ってどうしたんですか?」
「いや、俺は断じて焦ってないぞ!」
「…」
訝しげな表情で問いかけられ、思わず大声になってしまったことに後悔しながらも、未だに怪しむような視線を向けてくるミユの目を負けじと見据え返す
するとミユはしばらく不審気に俺を見据えていたが、辺りをキョロキョロ見回した後、「よしっ」と何やら意気込んだ後、再び俺をまっすぐ見据えた
「エース隊長、はい、これ」
そして照れくさそうに笑いながら差し出されたのは綺麗にラッピングされたピンクの四角い箱
俺はそれをみた瞬間、先ほどまでどこか不確定だった未来が突然確定したことに動揺して声が出なかった
「あ、あれ?もしかして今日が何の日か知らなかったですか?」
「あ、いや、そりゃ知ってるが…突然だったんでびっくりしてな」
「何でビックリするんですか?もしかしてあたしがこのカップルの一大イベントを忘れてるとでも思いました?」
「忘れるわけないじゃないですかー!」と、一人で膨れるミユに、俺は一瞬呆気にとられたが、「カップルの一大イベント」何て恥ずかしげもなく言うミユに、嬉しいような恥ずかしいような、だけどやっぱり嬉しくて先ほどまでの動揺した気持ちは不思議と落ち着き頬が緩む
「思ってねぇよ。むしろ、今年は義理チョコじゃなくて張り切って作ってんだろうなって思って期待してたんだよ」
「え…あ、そうだったんですか」
素直なミユに意地を張るのも馬鹿らしいので素直にそう言って箱を受け取れば、一瞬視線を反らせたミユ
「ん?まさか今年も義理です!何て 言わねぇよな?」
「そんなわけないじゃないですか!正真正銘手作りチョコですよ!」
「ならいいけどよ」
冗談っぽく言ったが半信半疑だったため、ミユの返答にホッとしながらビリビリと包みを開ければ、「それ、包むの大変だったんですけど!」と不貞腐れた声が聞こえたが、それは無視する(綺麗に破るなんてできねぇから)
箱を開けると中にはベタにハート型のチョコレートがあり、そこには「エース隊長 大好きです」とでかでかと書かれていて、俺は思わず蓋を閉じて辺りを伺った
「どうしたんですか?」
「いや、何でもねぇ」
首を傾げるミユに、辺りに誰もいないことを確認して再び蓋を開け中身を見れば、やっぱりハート型のチョコレートに書かれた文字に照れくさくなる
何だってこいつはいっつもベタっつーか、直球っつーか…まぁ、そういうところも含めて好きなんだけどな
「何か食うのもったいねぇな」
「何でですか?あたしの愛情たっぷりですから残さず食べてくださいねっ!」
「…」
真剣な表情で言うミユに、思わず目を丸めたが、早く食べて見せろと言わんばかりにキラキラした目を向けてくるミユに、もう照れくさいとか恥ずかしいとか思う方がおかしいのかもしれないと思い直し、俺は遠慮なくチョコレートを口に放り込んだ
「一口でっ!?」
急かした割に一口で食べればなぜか残念そうな顔をするミユだが、そんなことは気にせずに口の中に広がるチョコの甘さに何となく喜びが込み上げてきた
「ゴクンっ…うん、うめぇ!」
「本当ですか!?」
「あぁ、めちゃくちゃうめぇ!」
去年までは義理チョコで、他の野郎共と一緒だと言うことが気にくわなくて素直に言えなかったこの言葉も今はすんなり言えた
「ありがとな」と言ってミユの頭を撫でてやれば、ミユは照れくさそうに、だけど本当に嬉しそうに笑ったその顔はめちゃくちゃ可愛くて、無意識に頭を撫でていた手を頬に下ろして顔を近づけた
その行為の意味を理解したミユが真っ赤になり、目を瞑ろうとした瞬間だった
「良かったわね、ミユ」
「!!?」
「わわっ!お姉様方!!」
突如聞こえた声に慌てて顔を離して視線を向ければ、そこには笑みを浮かべてこちらをみている数人のナース達の姿
ミユは振り返ってその姿を確認すると、慌てて俺から離れていき、顔を真っ赤にして俯く
「うふふ…エース隊長ごめんなさいね、お邪魔だったかしら?」
「…いや、別に」
絶対わざとだろ、と思いながら、ナースたちにはなぜか逆らう気は起きず明後日の方を向いて答えれば、再び意味深な笑みを浮かべてミユに視線を移すナース達
「ミユ、良かったわね、エース隊長に「おいしい」って言ってもらえて」
「あ、うん!お姉様のご助力のおかげです!」
「そんなことないわ、ミユが頑張ったからよ」
「えへへー」
ナース達の輪に入ってご機嫌な様子で話すミユに、一気にミユをナース達にとられた気分になり面白くなくなる
さっきまでの浮かれた時間を返せっ!(とは口が裂けても言えないが)
「それにしても、今年は去年以上に力が入ってたわよね」
「そりゃそうよ!今年はやっと付き合って初めてのバレンタインなんだから。付き合ってなかった時に比べたらテンションも段違いよね!」
「やっとって…」
「でも、もともと料理だけはできる子なのに、今まで「うまい」の一言も言わなかったエース隊長の舌を逆に疑うわよね」
「確かに…あれは今までに相当もらってるわね」
「え?!そうなんですか!?そんなぁ…」
「おい、そこ!いい加減なこというな!」
黙って聞いていればミユをからかう名目とは言え、俺の悪口から出まかせまで飛び出し、思わず口を挟んだが軽く無視され会話は暫く続き、できればこの後は二人っきりで過ごしてぇとか思ってた俺は本気で面白くなくなってきた
「ん…てか、今までって?」
しかしここでふと疑問が過る
今の会話の流れじゃまるで俺が毎年ミユから手作りチョコを貰ってたみたいな言い方だが、去年まで俺は他の野郎と同じ義理チョコを貰ってたはず
「??」
「本当のこと教えてあげましょうか、エース隊長?」
「へ?」
首を傾げていればいつの間に隣にいたのか、最初に声をかけてきたナースが面白そうに笑ってこちらをみている
俺は何のことかと眉間にシワを寄せれば、ナースはさらに笑みを濃くし、未だに他のナース達にからかわれているミユに視線をうつし口を開いた
「毎年エース隊長だけはミユの手作りチョコレートだったんですよ」
「へ?」
「毎年、皆さん用に買ってきた義理チョコに合わせてラッピングして、本命チョコだってバレないように必死になってるミユの姿、エース隊長に見せたかったですわ」
「は?」
「愛されてますね」と最後に綺麗な笑みを残し、俺の口の挟む隙もなくミユ達の輪へ戻っていくナースに暫く呆然と立ちつくす
「…毎年俺だけ手作りチョコだったのか?」
やっと意味を理解したら、めちゃくちゃ嬉しくて顔がニヤけて熱くなって…あの悶々とした去年までのバレンタインは何だったんだと思いながらもやっぱり嬉しい気持ちが勝って、緩む頬を何とかしようと顔に力を込めてももうどうにもできなくて
嬉しくてどうにかなりそうな気持ちを必死で抑えながら、俺はゆっくりとミユに向かって足を進める
「悪ぃ、今日はミユのこと俺に独り占めさせてくんねぇか?」
「え?」
普段はナース達の輪に入っていくなんて自殺行為絶対しないけど、今の俺はそんなことどうでもよく、ただ嬉しくてその気持ちを表現したくてミユの手を取って無意識にそういっていた
ナースからの返答を聞く気もなく、俺はミユの手を引いて誰にも邪魔されない場所を求めて歩き出した
(エース隊長、どうしたんですか?)
(今までミユからもらったチョコ、全部うまかったから)
(え?)
(ま、今年のチョコが一番うまかったけどな)
(え、え!?)
(まずは去年までの分、きっちり礼させてもらわねぇとな)
(え、えぇぇ!?)
end
☆あとがき☆
どんなお礼しだったかはご想像にお任せします←
20120214