RKRN駄文

□リモニウム(鉢雷)
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『ずっと一緒にいよう』


まだ幼かったあの頃、指切りをして交わした約束を、君は今でも覚えてる?




【 リモニウム 】




 僕たちは、いつでも一緒にいた。まだ学校で忍術を学んでいた幼いころに出会い、同じ部屋で数年を過ごした。
忍としての能力もほぼ互角だった事もあり、卒業してからも同じ城で護衛などの任務を主体とした仕事に就くことが出来た。

今はもう大人と呼べる年齢に近付き、昔のようにいたずらをして遊んだりする事はなくなっていたけれど、それでも二人でいる事が当たり前のように、共に居る生活は変わらなかった。


「そろそろ時間だね。三郎」

「そうだな。じゃあ戻ろうか、雷蔵」

 それは任務中も同じだった。

 変装の名人である三郎は、普段から僕の姿を真似ている為、敵を惑わせたり奇襲をかけたりするのに都合が良く、何よりも僕たちのコンビネーションは他に類を見ない誇れるものである。
その為、任務の重さに関係なく、二人で就くよう指示を受ける事が殆どだったからだ。

 学生時代の友達に、同じ顔した人間と何年も顔見合わせて生活していてよく飽きないなぁ、なんて笑いながら茶化される事もあるけれど、僕は彼の隣で生きて行くこの日々が気に入っている。
むしろ変わる事なんて望んでいないし、変わる事など無いとさえ思っていた。

けれどいつからだろうか。こんな優しい日々に少しずつ、歪みを感じ始めたのは。



 異変に気付いた最初の頃は、それを指折り数えては不安になって、苦しみに痛む胸を押さえていた。
けれど今ではもう数えることを止めている。

それはあまりにも頻繁すぎて、きりがなくて…もう、自分から苦しみの原因を作りたくなかったから。
気にしなければ、傷つくことはない。それが一番賢いやり方だと、思えたからだった。

「今日は夕食何にしようか?」

「夕食?」

「うん。だって今日はこの後出かける予定ないでしょ?だから久しぶりに頑張って作ろうかと思って」

 三郎とはもう何週間も、夕食を共にしていない。
別々の任務についているならともかく、こうして二人で帰宅する時も三郎は、とくに行き先を告げずにいなくなる。
帰ってるのは決まって午前様で、当たり前のように日々異なる香の匂いを染み付けてくる。聞かなくても三郎がどこで何をしているのかなんて解ってしまうものだから、あえて聞くことはしない。

『幼い頃に繋ぎあった手で、僕の知らない女を抱いているんだろう?』なんて、聞けるはずもない。

「何か食べたいもの、ある?」

 そんな彼がめずらしく、今日は出かけると言わなかった。
だから久しぶりの二人の時間をより楽しめるようにしたいと、はやる気持ちを抑えられずにそう口にすると、ほんの一瞬だけ表情を曇らせ、苦笑いを浮かべた。

「ゴメン。今日もちよっと…」

「あ……」

 思い出したようにそう言って、胸のあたりで手を合わせて見せられては、もうどうする事も出来ない。

「…そっか。じゃあ仕方ないよね」

「……ゴメン」

「どうして謝るんだよ。そんな事より明日の任務は朝早いんだから、早く帰っておいでね」

「…ん」

 こんな事言ったって、約束を守ってくれるとは思えない。けれど他に、返す言葉も見当たらずに僕は、笑顔でそう返す。


 忍という生き物は、こういう時に本当に便利だと思う。作りものの表情で感情を覆い隠すことが簡単にできてしまうから。
内なる声に気付いて欲しいと思うときもあるけれど、そんなことはあってはならないとわかっているから、いつもの様に笑顔を浮かべる。

「…あのさ」

「何?」

 ふいに三郎が口を開いた。
その表情はいつもより少し固いと言うよりも真顔に見える。
何故このタイミングでそんな顔をするのだろうかと不思議に思いながら笑顔を崩さずに問い返すと、三郎もまた表情を変える事なく続けた。

「…気にならないのか?」

「え?」

「毎日のようにいなくなるのに、何処で何してるのか聞かないのか?」

 予想もしない彼の問い掛けに、思わず言葉が詰まる。
彼の言葉の意味も、求められている答えもわからない。けれど、本音を伝えることが得策ではない事だけはわかった。

「…聞かないよ。僕たちはもう子供じゃないんだから」

「雷蔵…」

「ただ、心配はするけどね」

 気にならないわけがない。聞きたい事も言いたい事も、山のようにある。
けれどそれを口にして疎まれるぐらいなら、全部飲み込んで、苦しんでいる方が遥かに耐えられると思えて僕はもう一度笑ってみせる。

「…そっか」

「うん。だから早く帰っておいでね?」

「……わかったよ」

 三郎は、また苦笑いを浮かべると、訪れた曲がり角で軽く手を振り、僕を残してその先に姿を消した。

「三郎……」

 何故なのかは解らない。ただ、堪らなく嫌だという気持ちだけが僕を支配する。
僕の知らない三郎を知っている人が、この世のどこかに存在しているなんて認めたくない。
友達どころか家族とさえ呼べる仲であるはずなのに、こんなにも傍にいるのに広がってゆくばかりの彼との距離に、僕の目尻に僅かな涙が光った。
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