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□もの思いの程度
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艶やかな頬をしきりに涙が滑り落ちてゆく。自らの掌に自らの爪を食い込ませるように強く拳を握ったまま、財前は朱い眸をぶつけていた。
紅い唇は、決して開かれることなく、ただ、白い顔に高ぶる感情を見せている財前。儚くも、瑞々しいことこの上ない。
彼の嗚咽だけが鼓膜を響かせる。
痛々しい涙も、謙也には何故か美しく愛おしく思えた。





帰り道、どこか思い詰めたような表情が心配で堪らなくて、自分の家に来るように誘った。
自室に入るや否や、財前は何かが切れたように泣き出した。そのまま、崩れ落ちそうになる彼の体を、反射的に抱き寄せて、その場に腰をつける。

激しい雨が窓を叩き始めたのとほぼ同時だった。

自分の家に誘わずに、別れて帰していたらと考えると空恐ろしかった。

抱き締められたまま、じっとこちらを睨みつける目が、逸らされることはない。
暗闇のなかでゆらゆらと揺れる眸と、彼の心とは通じるものがあるに違いない。

昼間の陽気とは違って、夜はまだまだ冬を感じる。
雨がより一層激しさを増して太く雷鳴が鳴り響き、部屋の中に二人の重なった影ができた。閉められることのないカーテン。窓枠の中に、庭にある桜の木が夜風と雨とに揺さぶられる様子がはっきりと見えた。
蕾をつけた桜の木が、窓から消えては現れる。

時計の針は、1周しようとしている。

その間、財前は下唇をきつく噛んだままに、頬を乾かすことをしない。
謙也は何故だかかける言葉が浮かばなくて、只々、背に回す両腕を緩ませまいとすることしかできない。
彼の濡れた睫が下がると、自分の胸がずしりと重くなった。物理的にも、勿論、心理的にも…。


決して冷たくない涙が彼の頬を伝っても、自分の首筋に触れている彼の頬が温まることはない。
体も随分と冷えたままだった。熱を求めるように、震える両腕が背中に回った。それでも泣き続けて、震える肩を力いっぱい抱き締めた。

名付けようのない苦い気持ちに、自分の心を支配される。

彼のことも自分のことも全て解り切っていると思っていた。
彼も同じようにそう考えているとも思っていた。けれども、自分の気持ちを有耶無耶にして、所詮逃げていたに過ぎなかったんだと、今の今になって気づかされた。財前がこんな状態になるまで、解らなかったなんて…。

(一体俺は何をしてんねやろ。)
軽い考えをしていた自分の情けなさが、謙也は厭わしくて仕方なかった。




恐怖は、貴方を思えば思うほどに強さを増した。それは、音楽の授業での卒業式の歌の練習が始まり、先輩達の卒業をふと考えた時からだっただろうか。

同時に眠れない日々の始まりだった。

物理的に離れたって大丈夫だって、頭じゃわかっているのに、理由もなく怖くてたまらなかった。
今まで通り、これからも何も変わらないんだと信じて疑わなかったのに。

貴方が引退した後だって、部活をしていた時のように一緒に帰ることもあったし、直接じゃないけれど電話やメールで会話する回数は増えたとも思う。

休日は、会えなくなったけれど。

俺は部活で忙しいし、受験勉強を頑張る貴方を邪魔するようなことしたくない。
それでも、なぜだかちっとも寂しいと思わなかった。
受験直前の時は、なんとか都合をつけてちょっとの時間でも会ってくれる貴方の笑顔を見る度に、何故だか泣き出しそうになるぐらい俺は変だった。
何も考えられない状態でも、やっぱり考えてしまうのは、貴方のこと。
貴方の、少しも偽りのない笑顔が、一番好き。
沢山、呼んで貰った名前と、言って貰った好きや愛してる、その時の貴方の顔。
飾らなくても、隠さなくても、つまり素のままの自分で居られて、貴方はどんな自分でも、受け止めてくれた。


俺は、この人の為に何かできたんだろうか。
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