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□難攻不落なキミ
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熱帯夜も更け、謙也が風呂から上がると、自室の様子がさっきとはがらりと変わっていた。
床に散らばっていたはずの雑誌や参考書は、各々のあるべき場所に整然と並んでいる。棚から出しっぱなしだったCDも、アーティスト順にラックに収まっていた。
たった10分弱でこんなことをしてしまうのは…
その人物は、部屋の隅にあるデスクトップパソコンの前に座っていた。ヘッドフォンをつけ完全に自分一人の世界に入りこんでいる財前が、謙也に気付いている気配はない。
「光?」
びくりと肩を上げて、財前は振り向いた。
「驚かさんといて下さいよ」
それは、謙也のセリフである。謙也はふうと短いため息をついた。
「来るなら、連絡してくれればええのに。」
「急に来たくなったんすわ。」
淡々とした財前の言葉に、思わず笑みがぼれた。
財前は、いつも突然、謙也が一人暮らしをするアパートにふらりとやってくる。気まぐれに来るもんだから、当然留守である場合もある。だから、一応合い鍵を渡しておいて、いつでも家に入れるようにはしてある。この前なんて、朝目覚めると何でもないように財前が横で眠っていたなんてこともあった。財前は、謙也のいないときでも、頻繁に訪れては、今回のように部屋を綺麗にしていくのである。
「綺麗になったわ〜いつもありがとう」
「この方が居心地いいんで」
ヘッドフォンを首にかけたままの財前は、PCの画面を見たままに受け応える。
「明日は、休みなん?」
「高校は夏休みですやん。」
大学生活と高校生活とは随分違う。
現に、2人の時間が変化して中々会えない。生活のリズムが違うのだ。ゴールデンウィークなんて、結局都合が悪くて遊ぶどころか、メールのやりとりさえできなかった。
「そうか、でも、光、受験生やん。」
「で、謙也さん、家庭教師して下さいよ。」
「は?」
「ただとは言いませんし、」
その言葉に何かしらの意味が込められているようだが、謙也は相好を崩した。
「はは、特別にタダにしといたるで、」
「やってくれます?」
「この、謙也先生に任しとき」
こうして、夏休み限定、短期間2人の半同棲生活がスタートした・・・。
財前はまだ小さい甥っ子のいる自宅よりも集中しやすいらしい謙也のアパートから、予備校やらに通い始めた。
そして、謙也の家庭教師としての役目は、財前の気まぐれで必要となった。
「やっぱり、ここ居心地ええですわ。」
「勉強がはかどっとるようで、何よりやな。」
大きな欠伸をかみ殺しながら、ココアの入ったマグカップを手にとった。確かに謙也にとっても、財前が来てから居心地のよい空間になった。
夕食後、財前は学校の課題をこなし、謙也は時々教えながら、早一週間が経った。
床に就き、くだらない話をすることが2人の楽しみにもなった。すごくリラックスする時間だった。
「来週から夏休みなんでしょ。」
「せやで。」
「予定とかあるんすか。」
「サークルで何かやるとか言っよったなぁ、」
「邪魔やったら言って下さいよ。」
「え?」
「人とか呼ぶんやったら、遠慮なしに言って下さいね。」
「あぁ、今のところ大丈夫やで、てか、遠慮なんていらんねんから、いまさらやろ。」
「久しぶりですよね、こんなに長くいっしょにいる、の」
声は次第に小さくなりながら、やがて財前のゆっくりとした深い呼吸が聞こえてきた。
部屋の片隅にある財前の宿泊セットが何時か必要なくなる日がくればいい、そんなことを何となく思いつつ、謙也も眠りについた。