■FALL


 その指も腕も。肩も、脚も。今まで幾度となく触ったことはある。
 でも
 巧をそういう意味で好きだと意識してから、豪は触れることが出来なくなっていた。

 いや、触ることは出来る。
 ただどうにも自分自身の全てが、ぎこちないような気がしてならない。巧や周囲に変に思われていないか不安になる。

 豪は胸に綿を詰められたように息苦しくなり俯いた。風邪をひいたときに、幾重にもかけられた布団のような圧迫感。

「豪」

 巧の足元の薄い影が歩みを止めた。
 名前を呼ばれ視線をあげると、突然黙ってしまい、少し遅れて歩く豪を不思議そうに見つめる巧と目があう。

 ――わからないんじゃろうな

 思いの外穏やかな心で豪は想う。
 豪の巧に対する気持ちは「欲」と言うには淡い。

 時々妙に焦れたり、苛立ちを感じる。そしてそれと同時に、うすく白い何かにふわりと包まれ身体が浮いたようにもなる、そんな気持ち。

 わからないんじゃろうなぁ

 それで良いように思う。
 気付かれてしまったら、自分は今後どう接していいのか悩むだろう。

「なんでもねえ。腹減っただけじゃ」

 いつも通りの顔をして、豪は歩みを早めて巧の隣に並ぶ。
 巧はいつだって野球の事で頭がいっぱいで構わない。そんな巧だから目が追うのだ。

 巧は先程豪の話を聞いていなかった。
 時々ある、巧の意識が逸れる時間。マウンドに立つ際には絶対にない、何を見ているのか読めないぼうっとしたような間。

 そんなわずか数秒間ですら、豪は巧の視界に何が映っているのか知りたい。
 巧の見ているものならば些細なことも知りたい。
 今は、同じこの茜空が瞳に映っているのだろうか。

 豪は巧の横を歩きながら、ふいと空を仰いだ。

2010.11.08

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