■7
巧がそばまで寄ると、豪が見上げて口をひらく。
「巧が楽しいとか言うからじゃ」
「え?」
「野球、楽しいなんて一年前は言わんかったで」
「……」
豪の言葉に巧はしばらく押し黙り、そうして口を開く。
「遊びじゃないから野球は楽しいとか楽しくない、じゃないけど。お前とやる野球は好きだ。今日みたいなキャッチは楽しい」
豪となら楽しい。
豪とだから楽しい。
尚も言い募る巧の口を、赤くなった豪が慌てて立ち上がり塞いだ。豪の大きな右手に覆われた巧の顔は、鼻から下が見えない。
――土とボールの匂いがする
突然巧が、くんと、豪のてのひらの匂いを嗅ぐと、「どわぁ」と叫んだ豪が跳び下がった。
「んな、んなっ、」
「……なにさっきから一人で騒いでるわけ」
ふっと不敵に笑んだ巧は、豪の動揺の意味をその赤い顔からおそらく汲み取ったはずだ。
「…嫌な奴じゃな」
「そうか?」
「性格悪い」
「へー」
笑って、巧が豪に歩み寄る。
「で、そんな奴しか見えてない、趣味悪い奴は誰だよ」
ああ、くそ
「どうせ、『おまえ』って言いたいんじゃろ」
思わずぷっと笑った巧が、「素直だな」と言いながらグラブで豪の肩を叩いて横を通り過ぎる。
「甲子園にはやっぱりあんまり興味ないけど。門脇さんと本気で対戦するなら、県大かな」
横目に見えた巧の目はもう笑っていなかった。
門脇さん、巧の球、もう誰にも絶対打てません。
「そうじゃな」
「うん。豪、3分たった。キャッチしようぜ」
すい、と、きれいに振りかぶった巧が放つボールが、夏のまだ沈まない太陽に光った。