■3

 際どい内角低めに入った球を、門脇は金属バット独特の高い音を響かせ、フルスイングで打ち付けた。
 賑わうスタンドの熱気と声援が、一瞬、鎮まる。

 真芯でミートされた球は、金属音をベース上に残し、きれいな放物線を描いて外野スタンドに吸い込まれていった。
 その球を見届けた観客たちは、一塁側も三塁側も同じように一斉にわあっと声をあげる。
 熱狂。
 興奮。
 前評判の高い1年生スラッガーは、鋭いバッティングを見せつけた。風を切るヘッドスピードや堂々とした雰囲気は、甲子園常連校の4番のような風格だ。

 観客を一振りで虜にした門脇は、しかし殆ど無表情でダイヤモンドを廻る。
 人によっては、ふてぶてしいと表現されるであろう。それほどに、感情の起伏を抑えた走りだった。

「あそこに放って、ホームランにされるんじゃったら、もうどこにも投げられんな」

 巧の斜め前に座る中年の男が、ため息混じりにつぶやいたのが聞こえた。

「前が出塁しとらんかったのが惜しいなあ。ソロアーチじゃ」

 豪がそう言うと、瑞垣は視線を門脇から逸らさずに答える。

「普通なら初戦敗退もおかしくない学校やからな。3回戦や、そう上手くいくか。今年は珍しくそこそこのピッチャーっぽいが、秀吾が点とるしかないんやろ。ま、あいつが敬遠されたら港北の得点力は9割落ちるけどな。向こうさんも、プライドがあるやろうしなあ」

 相手は甲子園出場経験もあり、岡山大会ではベスト4常連校だ。
 たしかに、初戦敗退が常の学校相手では、例えそれが「門脇秀吾」だとしても敬遠はしにくいだろう。

「もう3巡目や。こっちのエースも捕まり始めたし、さすがに港北も終わりやな」

 スコアボードをやる気なく見て、瑞垣が席を立つ。

「はいよ」
「え、もう見ないんですか?」
「今日はよくてあと1点入るかどうかやな。こっちは5〜6点はやられる」

 ひらり、と肩越しに手を振り、豪に新聞を返した瑞垣は出口へ向かってしまった。



 

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