■企画・記念小説部屋■

□元気のクスリ
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【元気のクスリ】


 宝瓶宮の居住区。
 カミュはテーブルに置かれた瓶を眺めては物憂げに溜め息をついた。
 昼間白羊宮を通りがかった時ムウから果実酒のおすそ分けをもらったのだ。
 ムウの手作りだというそれは仲間内でも大変美味な事で通っているし、もらえた事は素直に嬉しい。
 しかし問題はこれをどうするか――もちろん飲むつもりではいるのだが、今この宝瓶宮には自分一人しかいない。
 栓を開ければ芳醇な果実の甘い香りが鼻腔を擽る。
 さぞ美味な事だろう。

「―――……」
 一人で飲むには勿体ないので誰かと一緒に…となるとカミュが思い浮かべたのは一人の顔。
 彼とはここしばらく顔を合わせていない。
 相変わらず忙しそうにしているらしく、現にここ一週間余り宝瓶宮を彼の小宇宙が通った気配はない。
 きっと教皇宮にでも泊まり込んで自宮には帰っていないのだろう。
 自分の出仕は明後日なのだからそれまで我慢できない事はないが顔も見ず声も聞けずどうしても淋しさを覚えてしまう。



 ―――会いたい
 心の内でそう呟いた時、扉の方から来客を告げるノックの音が聞こえた。



 カミュが開けるより早く扉は開かれ、来客の姿が現れた。
「――サガ!」
 先程まで己の思考を独占していた人物の姿に狼狽していると腕を掴まれ抱き竦められた。
「…久しぶりだね、カミュ」
 すぐ耳元に聞こえるサガの声。しばらく聞いていなかったそれはカミュの耳に優しく馴染み、抱かれる腕の強さが心地よくて自分よりも逞しいその胸に頬を寄せてうっとりと目を閉じた。
「サガ…お久し、ぶりです…」
 会えなかった間の寂しさを埋めるようにサガの背に回した両腕に力を篭める。
 "会いたかった"と無言で訴えるその腕にサガは満足そうに微笑んだ。
「今日はどうしてここへ?執務は片付いたのですか?」
「君が寂しがっていると聞いて居てもたってもいられなくて飛んできてしまったよ」
 サガの腕に体を預けたまま顔を上げ、やや遠慮がちに上目遣いで問うてくるカミュの髪を撫でてやると返ってきた答えに色白の肌がみるみる赤に染まっていく。
「そ、そのような事…!一体誰に聞いたのですか!」
「うん?女官…だったかな。いや、違ったか…誰に聞いたかなんて忘れてしまったよ、そんな事よりも君が寂しい思いをしている事の方が重要な事だからね」
「サ、サガ…子供ではないのですから…」
「カミュ、私だって寂しかったのだよ…」

 そう言われてしまってはカミュは何も言えず黙って抱かれるしかない。
 会うのが久々なせいか、今日のサガはいつにも増して甘やかそうとしてくる。
 もういい年をした大人であり立派な黄金聖闘士であるのだから子供の頃のような扱いや甘やかしは恥ずべき事なのだが、サガにそれをされると恥ずかしくも喜んでしまう自分がいる。
 赤く染まった顔を背け、カミュは僅かに体を離した。
「…サガ、今日は一緒に居てくれますか…?」
「ああ、もちろんだよ」
「ちょうどムウからもらった果実酒があるのです…一緒に飲んでくださいますか?」
「ほう、それは楽しみだ」
 普段あまり表情を崩さないカミュの笑顔。
 己にだけはよく見せていた幼い頃の面影を見てサガはますます笑みが深くなる。
 視線を合わせたまま自分から顔を引き寄せ、ちゅ、と軽い音を立ててキスをするとカミュはサガの手を引いて宮の中へ招き入れた。

 久方ぶりの逢瀬を楽しむ二人を外界の騒がしさから隠すように、十二宮を夜の帳が包んでいった。






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