■企画・記念小説部屋■

□拍手ログ2009年3月〜5月
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【春は訪れた】(ボカロ編)





 いつものように仕事から帰ってくると、犬のようにカイトが玄関で出迎えてくれた。
 カイトの「おかえりなさい」に返事をする間もなく腕をぐいぐい引っ張られて部屋に上がるとカイトがなにやら誇らしげにテーブルの上を指差した。
「マスター!これ見てください!」
「ああ?一体なに…」
 今朝は時間がなくて散らかしっぱなしだったテーブルの上がきれいに片付けられており、なおかつこの部屋には些か不似合いなものが鎮座していた。
 その鎮座していたものというのが、

「……桜の枝?」
 水を入れたグラスに挿された、ひと振りの桜の枝。
 花はまだ咲いていなかったが膨らんだ蕾が咲く時を今か今かと待ち望んでいた。
「お前、一体コレどうしたんだ」
「もらったんです、昼間」


 何でも、昼間転んで動けなくなっていた婆さんをおぶって家に送って行ったらしい。
 聞けばその家というのが俺でも名前くらいは聞いたことのある、この辺で一番の大きな家だ。
 その家は立派な門構えで道路に沿ってずらっと続く塀の向こうには、これまた立派な日本庭園があるのは近所でも有名だ。
 そして感謝されたカイトはお礼をするという婆さんに丁重に辞退すると、ささやかでもお礼としてこれくらいは受け取ってほしいとその庭園の桜の枝を一枝くれたのだそうだ。


「一枝…っていうわりにはデカいな」
「たくさん花が楽しめるようにと選んでくれたみたいです」
「ふぅん…」
 案外そっけない反応の俺を不思議に思ったのかカイトが顔を覗き込んできた。
「マスター、嬉しくなかったですか?」
「あ?いや、そういうワケじゃないくて…なんつーか、こう、桜をまじまじ見るのも久しぶりだな、と思って」
「そうだったんですか…ちょっと安心しました」
 グラスごと桜を手に持ってみるとグラスの大きさと釣り合わない大きさの桜がぐらりと傾いだ。
「わわっ…!」
「ぅおっと…」
 危うく倒れそうになった桜に二人同時に手が出てしまい、思わず笑みがこぼれる。
「明日、コレに合う大きさの花瓶でも買ってくるか」
「ホントですかっ」
「ああ。そんでもって咲いたらプチ花見だな」

 花見、という言葉にカイトがぴくりと反応した。
「そうですねっ!絶対しましょうねっ!お花見!!」
 でかい図体を跳ねさせて喜ぶカイトの姿に悪い気はしなかった。
「じゃあ花見までアイス断ちするか?そのほうが美味しさ倍増だぞ」
「ちょっ!そ、そんなコトしたら死んじゃいますっ!!」
「…ちっ」



 膨らむ蕾に確かな春のぬくもりを感じて。



2017.5加筆修正
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