■企画・記念小説部屋■

□Smile Bomb
1ページ/2ページ



【Smile Bomb】


 十二宮がすっかり夜の帳に包まれる頃、白く長く続く階段を降ってゆくサガの姿。
 相変わらず夜更けまで教皇宮に残って仕事をしているため行き交う者のいない階段を通るのはいつものことである。
 不意にカミュの顔が見たくなり、宝瓶宮の前で足を止めた。
 居住区の扉をノックすればいつもはさほど待たずに開かれる――のだが、今夜は様子が違った。
「…留守、か」
 こんな少し残念な気持ちに苦笑いをして、また近いうちに来ようと宝瓶宮を後にした。

 それから何度か足を運ぶも悉とくカミュは夜になると宝瓶宮を留守にしてどこかへ行っているらしく会うことはかなわなかった。
(一体どこへ行っているのだろう…いや、あの子に限って妙な心配はないと思うが…)
 時には宝瓶宮の側の階段で自分が通るのを待っていてさえくれるカミュに会えない日が続くとどうにも落ち着かない。
 サガは宝瓶宮の屋根にかかる欠けた月を見上げて溜め息を吐いた。






 明くる日、いつものように教皇宮へ出仕し執務室の扉を開けるとサガよりも早くカミュの姿があった。
「おはようございます、サガ」

 己に向けられるこの愛しい笑顔を見るのはどれくらいぶりだろうか――ここが執務室でなければ今すぐにでも引き寄せて抱きしめたい衝動に駆られた。
「ああ、おはよう」
「昨日も今日の分の書類を用意してから帰ったのですね…一体何時まで残っていたのですか?」
「さぁ…何時だったかな…月が真ん中を過ぎていたことは確かかな」
「貴方という人は…」
 早朝の執務室で二人きり笑い合う穏やかな時間。
 それまであまり晴れなかった気分が浮上していくのがわかる。少しでも触れたくてカミュの紅髪に手を伸ばした。
「カミュ、よかったら今夜双児宮においで」
「あ…今夜ですか?今夜は…――」
「おっはようございまーす!」

 もう少しで届く、という時それまで穏やかだった空気はやけに明るく威勢のいい挨拶によって破られた。
「おはよう、ミロ」
「ミロ…遅刻しなかったのはいいが髪が濡れているぞ」
「獅子宮からダッシュで来たんだ、間に合ったってことで勘弁な」
 息を切らせてまだ少し濡れている金髪をかき上げながら出仕してきたミロが駆け寄り、タックルをかます勢いでカミュに抱き着いてきた。
「カミュ、今日はリアはいないけどデスマスクが来るって」
「そうか、彼が来るなら心してかからねば勝ちを全て持っていかれてしまうな…あ、サガ…」
 交わされる会話から察するに今夜もどこかへ遊びに行くらしく、必然的に先程の誘いは取り下げざるを得なかった。
「…どうやら先約があったようだね」
「すみません…最近ダーツを始めたんです。よかったらサガも…」
「いや、私はいいよ。楽しんでおいで」
 そうは言ってみたものの、浮上しかけた気分がまた緩やかに下降しそうになる。
 しかしそれを顔に出すわけにもいかず優しく笑ってみせればカミュは安心したようだった。

「そうそう、こないだ揃えたスコーピオンモデル組んでみたんだ。今日見せてやるよ」
「それは楽しみだ。あれはなかなか格好よかったからな」
「次はカミュの分のも揃えるぞ!お前に似合いそうなのがあったんだよ、バー行く前にショップに寄って…」
 楽しげにミロと笑い合うカミュの姿。
 先程まで自分に向けられていたはずのそれが今は他を向いている。
 大人げないとはわかっていても少しずつ嫉妬の気持ちが首を擡げ始めていた。
「――カミュ、代わりと言っては何だけどひとつお願いを聞いてくれるかい」
「はい、何ですか?」
「明日、陽が上る頃に私を起こしに来てほしい。頼めるかな」
「陽が上る頃…ですか……」
 この頃は夜が明けるのが随分早くなってきている。
 恐らく遅くまで遊んで帰ってくるだろうカミュには少々酷かもしれない。
 現に今、カミュは少し困惑気味な顔を浮かべている。自分が意地悪を言っているのはわかってはいるが曲げる気はさらさらなかった。



「来てくれるね?」
「わ…わかりました」



 悟られないよう、優しい微笑みに嫉妬を隠して。





後書き→
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ