■企画・記念小説部屋■
□安眠のススメ
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【安眠のススメ】
新しい街へ来て最初にすることといえば、やはり塒を確保すること。
旅するうちに身についた習慣のひとつである。
仕事の依頼主がいるというこの街へ着いた頃にはそろそろ夕方になろうかという時刻。日が暮れる前に早く見つけたいところだ。
特にこの街で一仕事するとなると長期滞在に相応しい塒が必要となる。
敵に見つかりにくく、かつ上等な塒となると探すのに手間がかかるのだ。
シキとアキラは目ぼしい物件を探してまわっていた。
しかし好条件の物件となるとなかなか見つからない。暗くなると探せなくなってしまう。
迫るタイムリミットにアキラが焦り始めた頃、別の建物を探していたシキが自分を呼ぶ声がした。
「どちらの部屋か選べ」
シキが見つけてきた物件はこれまでに見てきたものより比較的新しく内装や家具もきれいなまま残されていた。
どちらか選べと言ったのはその中でもかなりきれいな二部屋だった。
「どっちかってことは一人一部屋?」
「非常時のことを考えろ。貴様は目を離すと面倒だ」
以前もこのようなきれいな二つの部屋があり、それぞれ別れて眠ったのだがアキラの非ニコルの血を狙う刺客に寝込みを襲撃されてさらわれかけ、シキに助けられたことがあり暗にその事を言っているのだ。
「くそっ…わかったよ」
不貞腐れながらも選べと言われた部屋を見る。
ひとつは広さはあまりないがベッドが二つ備え付けられた部屋。
そしてもうひとつは広さはそこそこだがベッドが一つしかない部屋。
「当然、こっちだろ」
部屋を覗いたアキラは迷いもなく答え、ベッドが二つある部屋へと入っていった。
アキラは早速ベッドに横になると大きく伸びをした。
久しぶりに一人で使うベッドは気持ちがいい。普段は一つのベッドで大の男が二人寝ているためいつも窮屈な思いをしていたせいだ。
やがて訪れた睡魔に抗うことなく身を委ねてしまうことにした。
真夜中、アキラはふと目を覚ました。
いつも間近に感じるシキの気配が無いことに違和感を覚えたが今回はそれぞれベッドを使っているのだと思い出して隣に視線をやった。
シキはこちらに背を向けるようにして眠っている。
外は月も沈みきり静寂に包まれ夜明けまでまだ時間があることが窺えた。
もう少し眠ろうと寝返りをうつが目を閉じても眠気はなかなか訪れない。
先に寝てしまったからだろうか…と考えながら再び寝返りをうった。
クライアントから今回の依頼内容の説明を受けている間アキラは眠気を必死に堪えていた。
結局あの後なかなか眠れず朝を迎えてしまった。
隣に座るシキはいつもと変わらない仏頂面をして話を聞いている。
何度目かの欠伸を噛み殺した頃、漸く話が終わりクライアントが応接間を出ていくとシキが睨み付けてきた。
「気が緩んでいる。みっともない様を見せるな」
やはりシキにはバレていた。確かにこれから依頼を受けようとしているクライアントの前で眠そうにしていたなどとあるまじき態度である。
自分の非を認めて小さく「ごめん」と謝ると刀を手に取りシキに続いて部屋を出た。
その夜、アキラは外を眺めていた。
体は疲れているはずなのに何故だか眠れないのだ。
ベッドに横になり目を閉じても寝返りをうってもただ時間だけが過ぎるばかりで眠気が訪れる気配はなく、それどころか「欝陶しい」とシキに一蹴され部屋を追い出された。
昔から眠りは浅い方だったが最近はここまで眠れないということはなかった。
一体どうしたというのか。環境が変わったから寝られないなどというやわな神経は持ち合わせていない。
では、何故…?
頭上の月に縋るような視線を向けて考えてみたがやはり答えは見つからなかった。
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