■企画・記念小説部屋■

□さわるな危険
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*ED2


 はあ、と吐く息は白く、たちまち闇へと溶けて消えた。





【さわるな危険】





 軍用車とテントに囲まれた中央に一際大きい幕舎がある。
 辺りに配置した見張りの兵の間を掻き分け強化兵による護衛以外は誰も近寄ろうとしないその幕舎へと迷いなく歩を進める男がいた。
「総帥は」
「中にいらっしゃいます」
 答えた兵士に短く「ご苦労」と声をかけて幕舎の中へと消えた。



「聞き飽きたな」
 ぴしゃりと空間を打つ低い抑揚のない声。
 それだけでこの声の主の機嫌が底まで落ちていることが知れる。
「申し訳…」
「聞き飽きたと言っている。俺が聞きたいのはこんな結果ではない。明日敵の首が取れねば貴様の命はそれまでと思え」
 幕舎の中に誂えられた椅子に優雅に身を沈め長い脚を組む男の前には壮年の男が地面と水平になるほどに頭を下げていた。
「――失礼いたします。総帥」
「…来たか、アキラ」
 玲瓏な声音が重苦しい空気を切り裂く。
 座った姿勢は崩さぬまま白い手袋に覆われた手を差し延べてアキラを手招いた。
 アキラがシキの前に立ち、隣で頭を下げたままの将校へ退室するように促した。無言のまま苦渋の表情で幕舎から将校が出ていく間も一切シキはそちらに意識を向けることはなかった。
 シキが肘掛けに凭れ赤い瞳を伏せるのを見てアキラは口を開いた。



 シキが引き起こしたクーデターはニホンの中枢をほぼ掌握しつつある。
 しかし命根性の汚いしぶとい旧体制の古狸どもは目の届かぬ南北の端へと逃げ込み未だ生きさばらえていた。
 それをシキが見逃すはずもなく折からの"狸狩り"を決行してはいるものの戦果が思わしくなく、第一陣の部隊と今日合流したシキ率いる本隊は二の足を踏む羽目になっていた。

「長年権力にしがみついてきただけのことはある。奴らも馬鹿ではないようだ」
 今やニホンで最強と言っても過言ではないシキの軍を構成するのはNicoleウイルス保菌者であるシキの血を与えたライン強化兵だ。
 武力では世界に匹敵するはずの彼らから裏をかきかき狸はしぶとく逃げ回っていた。
「地の利だけではありません。向こうにやたらと頭の切れる者がいるようです」
 そう言ってアキラはシキへ数枚の書類を手渡した。
「ふん…ならばこの程度で俺に勝てると思ってはいまい」
「おそらく敵の狙いはこちらの消耗待ちでしょう」
 武力の差は圧倒的のはずだ。
 僅かな数になった敵は鬱陶しいくらいにちょこまかと撹乱を仕掛けてくる。
 攻撃は仕掛けてはこないが少数だからこそ寸分の狂いなく統率のとれた動きにペースを乱され続けてこの様だ。きっとそれも敵の悪知恵なのだろう。
 そうやって敵と遊んでいるうちにこの地へ第一陣を送り込んでから数ヶ月が経とうとしていた。
 だが奴らはシキの本当の恐ろしさをまだわかっていない。笑みを浮かべてはいるがその瞳は静かに炎を滾らせている。
「明日で決める。全軍に指示をしておけ。それと――」
 言葉を切ったシキから小さな紙切れを差し出された。
「そこに書いてある条件に合う奴を見繕って連れて来い」
「かしこまりました」
 紙切れを受け取り、そこに書いてある文字に目を通したアキラの碧眼が物言いたげにシキを見た。
 その視線にシキは唇を吊り上げて応えた。



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