■企画・記念小説部屋■
□うらはら
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アキラはトシマの街を一人歩いていた。
先程まで一緒だったのに運悪くチーム同士でバトルをしていた現場に出くわし巻き込まれ散り散りになったせいでリン達とはぐれてしまった。
空を分厚い雲が覆い今にも降り出してきそうだというのにホテルへの道のりは未だ曖昧にしかわからずどうしたものかと考え込んでいた。
不意にカツンと物音が聞こえて勢いよく振り返る。
そこには朽ちかけたコンクリートの瓦礫があるばかりでそれきり何も聞こえなくなったのを確認して再び歩き出した。
数歩先に細い路地が見える。何故だか体に緊張が走る。
恐る恐る覗き込んだそこには薄闇が広がり動く影は見当たらない。
何もないならそれでいい。真新しい死骸やラインで濁った目をした中毒者に会わなくて済むのだから。
けれど安堵する反面、心がどこか物足りなさを覚える。
入り組んだ路地に迷い込むたび耳を澄ましては近づいてくる硬質な音を探し、物陰に黒い影がないか目を凝らす。
闇の中できらめく白刃や紅玉がこちらを見据えていないか、凄まじいほどの威圧感を放つ背中がいやしないか。
トシマに潜む全ての中から無意識に一つを探っている。
「…用心してるだけだ」
誰に問われたわけでもないのにぽつりと呟いた言葉が何だか言い訳じみているように聞こえて唇を噛んだ。
「辻斬りにあうのはごめんだ」
振り切るように路地を通り過ぎる。
そしていくつ目かの角を曲がったとき、"それ"はそこに佇んでいた。
"それ"を中心にして倒れ血を流す死体たちの中に佇み、吹いてきた風にコートを翻しゆっくりとこちらを振り向く。
ドクリと心臓が高鳴り、空虚だった胸の内が高揚感に満たされていく。
―――その姿を一目見ただけで。
「――――――、…」
唇から絞り出した声は音にならなかったが、"それ"には確かに届いたらしい。
刃に纏わりつく血糊を振り落とすと靴音を響かせてゆっくりと近づいてくる。
瓦礫の欠片が落ちる音なんかよりも比べ物にならないほど硬質な音に背筋がぞくりと震える。
黒の手袋に覆われた手が立ち竦むアキラの喉へと伸ばされる。触れそうな瞬間、戦慄く唇が漸く音を成した。
「シ、キ」
名を呼ばれて紅玉が僅かに細められる。
紅の中に燃える炎はアキラの足元を縫い止める。
すべて、焼き尽くされる。
そう思った時、いやに甘美な感覚が腹の底を擽った。
【うらはら】
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